kurayami.

暗黒という闇の淵から

前衛恋愛

「これは私から、貴方という時代への挑戦」
 曇り空の下、廃墟と化した暗い民家の中。荒れた元リビング。
 誰かに届けたい声量で少女が呟いて、マッチに火を点けた。
 柔らかく、まだ幼い少女の顔が、橙色に照らされる。
「ううん。貴方への戦争は、実はずっとずっと前から、仕掛けていたの」
 桃色の、小さな唇からの、声。
 覚悟と告白を含んだ、その少女性には似合わない、低い声。
 マッチに灯った火が、蝋燭へと移った。少女は次から次へと、準備された蝋燭へと火を灯していく。
「私はね、策士で芸術家だから。貴方に気付かれないようにするなんて、簡単だったのよ。ねえ、隣のクラスで可愛いって評判の私に、話しかけられて浮かれちゃったの? 馬鹿ね」
 全てに火が灯り、荒れた民家の中が聖夜のように、暖かく照らされた。
 家具も何もない、剥き出しの元民家。柱に残る横線の傷、壁のヤニが、二人の知らない関係ない過去を、物語っている。
「駄目だよ。貴方が思っている以上に、女は危険なの。強姦より洗脳。男の子って本当に、油断だけで出来た生き物だと思う」
 クスクス笑った少女が、ひらりと制服のスカートを揺らす。
「少なくとも私が、このセーラー服に袖を通した時点で、貴方に勝ち目はなかったのかもしれないね」
 少女が、細めて笑う目で、貴方を見た。
 力を無くし、壁にもたれかかり、口を半開きにし、土色になった、貴方を。
「ああ、ねえ。お茶にしない? うん、そうしようね。二人で仲良く紅茶を飲んで、私の勝ちを迎えるの」
 両手を合わせて笑顔を浮かべる少女。スクールバックから水筒を取り出して、貴方の頭にとぷとぷと紅茶をかけた。
 少女が、貴方の頬に流れる紅茶を指ですくい取り、舐める。
「美味しい? ふふ、良かった。これって、きっと、最初で最後のデートになるのよね。忘れないように、しないとね」
 愛おしさを込めた、深く重たい声。屋内は見えない毒の空気に侵食されていく。
 火を灯された黒塊。一酸化炭素
 少女の声が、眠気に飲み込まれていく。
「私、ね。ずっと、思ってたの。触れ合った身体から、魂が抜けたときこそ、真に密着できる……って。寂しくないって。拒絶のない触れ合い。それってなによりも、恋人、じゃない……かな」
 横に座り込んで、貴方の手を強く握る少女は、微睡みの中で微笑んでいた。恋の叶った幸せな少女として。
 私の勝ち。
 おやすみの代わりに、キスの代わりに。少女はそう一人呟いて眠りにつく。
 ゼロ距離の手と手の中、恋愛を閉じ込めて。

 

 

 

 


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