kurayami.

暗黒という闇の淵から

拗らせた有給

 貴重な有給を取ったというのに、俺は部屋のソファに座り込んだまま動けなくなっている。目に見えるモノは少し大型のテレビ、読んでない小説が詰まった本棚、昨日脱ぎ捨てたストール。机の上には、シンプルなフレームの中には俺と『あゆみ』の写真が飾られていた。
 窓から差し込んだ陽が弱くなり始め、外の風景が灰色になっていく。
 怠惰だった。起きてすぐ私服に着替えて何処へだって行けるというのに、陽頼りの部屋の明るさの中で動けない。テレビを見る気も、本を読む気も起きなかった。ああ、わかっている、一人で何かをする気なんて無いってことは。この部屋に俺一人しかいないのは紛れも無い事実だ。
 日常から欠落したものに順応出来ないまま日は幾つも過ぎた。紅葉を見ないまま冬は街に定着して、一瞬だけハロウィンが賑わってたっけ。少し遠い過去にだけど、それらのイベントは彼女と歩むことを夢想していたはずだった。だからってわけじゃないけど、いやだからなのか、俺は一人で日常を過ごせなていない。
 紛れもないはずの事実に俺は気付けなかった。いつか帰ってくるだろうって呑気な考えがあったのかもしれない。そんな悲劇が現実であるはずがない。しかし一人で過ごした長い時間はどうしようもなくカレンダーを消費して、俺を孤独だと証明している。
 空いた左側のスペースが虚しい。このソファで長いこと二人で過ごしてきたんだ。一緒に映画を見て、意味もなく抱き合って時間を過ごしていた。この家での生活の中心は此処だったのに、何故俺は今一人なんだろうか。『あゆみ』がこのまま帰って来ないという事実はいつになったら飲み込めるのだろうか。
 ソファに深く沈んだまま、立ち上がれなかった。
 時間は刻々と過ぎていく。少なくとも並んで座ることは、もう許されないんだろうな。帰って来ないってことをわかっていても、待ってしまうほど好きだけど、わざわざ諦めないといけないだなんて悔しいことだ。
 再び陽が窓から差し込む。今みたいに突然部屋が優しく明るくなる景色を、前に見た気がする。ああ、そうだ。一人早く起きて、電気もつけずに曇り空をソファから見ていた時。『あゆみ』が眠そうな顔をして起きてきて、陽が差し込んだあの時だ。何故だかいつもより愛おしくなってしまって、抱きしめて二人の休日を始めたあの日。
 このソファで思い出すことが無くなるまで、俺は諦めることは出来そうになかった。
 失った恋人への執着だなんて、拗らせる程に解けることはない。
 
 

 

 


nian_three_word.
〈 ほどける 〉
〈 あゆみ 〉
〈 ソファ 〉