kurayami.

暗黒という闇の淵から

眼と妄

 時折、彼は空き教室で項垂れていた。電源が切れたように、全てを投げ出したように。明るい子ではなかったけれど、愛想笑いを絶やさないような子だったから、たまに見かけるその姿に私は惹かれてしまっていた。
 普段は耳に掛けている髪が、目にかかっている。
 守るように、隠されている。
 空き教室へ線となって射し込む陽。壁際で項垂れるその姿が儚いと思い、芸術作品に向けるモノと同じ感情を私に抱かせた。ずっと見ていたい。綺麗で美しい。私は彼のことを何一つとして知らないから、一体どんな暗闇が、脅迫が、彼を項垂れさせているのかなんて、検討もつかない。知りたいようで知りたくない。ただその重さは、全体の雰囲気に現れていた。
 ああ、だけれど、私が惹かれているのは、美しさでも、重さでもない。
 垣間見る、その薄く開いた瞳。
 垣間見る、その静かな暴力。
 何かを酷く恨んでいるような眼差しに見えた。普段見せる愛想笑いの中の優しさが抜けている。鋭くて、きっとあれが素。隠された静かな暴力。初めて彼のその眼差しを見たとき、人間なんて皮一枚でどうにでもなるんだってことを深く考えさせられた。こんな身近に暴力が潜んでいたことが怖くなって、でも、それも彼の項垂れた美しさに変に中和されて、勝手に落ち着く。そしてあっという間に惹かれてしまった。
 もちろん全ては彼の眼差しから得た私の妄想。しかし、悩まされる程には、その眼差しは恨んでいる。深く考え空虚を見つめている。たぶん彼は殴れる人だ。好機があれば殺すことだって厭わない、そんな人。だから、もし今、私が近付けば、髪を掴まれ腹に蹴りを入れ続けられるかもしれない。それでいて「全てを知ってるよ」なんて私が口走れば、無知を思い知らすために無理矢理犯しにかかるのだと思う。
 それは、その、私の願望なのだけれど。
 実行するのは簡単で、駄目なら駄目で私が変人扱いされて済むこと。でも、それを実行しないのは、彼を芸術作品のように見ることで一線を引いているから。崩したくない、ずっと見ていたいからだ。
 そもそも彼が本当に暴力を持っているかだなんてことはわからない。持っていたらどんなに良いことか。だけど、もし、そんな正体を持っていなかったら、私は一人この青春を失ってしまう。
 今はこの眼差しから得る妄想だけで、満たされていればそれでいい。
 手込めにされてしまいたいと思っている、処女妄想に過ぎない。
 ただ、その眼差しに、どうにかされたくて。

 

 

 

 

 

nina_three_word.
〈 垣間見る 〉
〈 項垂れる 〉
〈 手込めにする 〉