kurayami.

暗黒という闇の淵から

世人柱

「順を追って説明しますね」
「はい」
 秋の入り口に立つ、夜の神社の中。
 巫女装束のお姉さんの優しい声に、私は事務的な返事をした。
「まず、貴女は私に殺される必要があります」
「殺される、ですか」
「あっ、殺す……というか、そのすみません。わかりやすい言葉で説明してるだけなので、気にしないでくださいね」
 目尻を細めてお姉さんが可愛く笑う。例え、その笑顔がどんなに可愛くても「殺す」という言葉は私の中に強く印象に残った。
「ここで見事に殺されると、疲労も眠気も溜まる余計な身体と、末長くおさらばできるわけです。あ、あ、これはリラックスしてもらうために、私の偏見を言ってるだけなんですけどね」
「はあ」
 相変わらず優しそうに、にこやかに話すお姉さんに私も微笑んでしまう。
「本来、死ぬと身体から魂が離れてユウレイになるんですけど、今回は私の魔法を使って一気に〈世人柱〉へと昇華させます」
 恐らく「ユウレイ」も「魔法」も、お姉さんの言う「わかりやすい言葉」に変えてくれているのだろう。
「その本当だったら、ユウレイになってからじゃないといけないんですか?」
「実はそうなんですよ。正確には、やることのなくなったユウレイが、自然と〈世人柱〉になるんです。ただ正確な手順を踏んでいない分、割と脆いんですけど」
「じゃあ、手順を踏んだ〈世人柱〉は」
 私の質問に、お姉さんは思いっきり、まるで安心させる母のように、笑って答える。
「でっかい怪獣が現れて、世界をボロボロにでもしない限り、崩れて壊れることはないです! 世界の秩序を無為に……平穏を保つための〈世人柱〉なのです」
 ああ、良かった。なんて口に出していたら、お姉さんに心配されたかもしれない。
 生きるのも、思考するのも嫌になって、この神社を訪れたのだから。
 私が安堵した表情を見て、お姉さんが視線を泳がして次の言葉を探す。
「ああ、そういえば、どんなタイプのモノを希望しますか? 〈力〉とか〈雨〉とか、漢字一文字で表せるモノになら、なんでもなれますよ」
 そうか、何の〈世人柱〉になれるか選べるんだ。
 私は……
「じゃあ〈夜〉って、大丈夫ですか」
 思考を放棄出来なかったあの黒の時間。悩める誰かを支えるなら、私はなりたい。
「全然大丈夫ですよ。さて、どうしましょう。心の準備とか……」
「出来てます。いつでも」
 そう言って私は、まっすぐとお姉さんを見た。自分なりの覚悟の眼差しを受け取ってくれたのか、お姉さんが立ち上がる。
「わかりました! でしたら、始めましょう」
 優しい声を崩すことなく、力強くそう言ったお姉さんは刀を手に持った。
 案内された私は二十七本の蝋燭に囲まれた中央に、死装束を身に纏い正座する。
 今、心にあるのは果てしない安らぎだった。先のことを悩む必要のない、全てからの解放への、安心。
 正面に座ったお姉さんが刀を構えて何かを呟き、私の心臓を深く突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

nina_three_word.
〈 昇華 〉
〈 霊び 〉
〈 無為 〉