kurayami.

暗黒という闇の淵から

革ベルト

「お兄さん……? それ、どうするの」
 安物の革ベルトで家具に拘束された少年が、心配と恐怖を交えた声を絞り出した。
 目線の先には、錆びた鋸を手に持った二十代前半の男。
「どうするって。鋸ってのは切り落とすために使うもんだよ」
 よっこらせと少年の脇に座った男が、ソファの足に縛られた少年の腕を触った。
「やだ、やだ」
「あー血。どうっすかな、出るよな、まあいっか。下手にビニール敷くのも面倒いし、ヤりたいときにヤりたいし」
「ねえ、ねえってば」
 少年の声は男に届かない。しっかりと張られた腕を確認した男は、鋸を握り直して構える。
「まあ、お前が悪いから、仕方がないよな」
「や」
 言い終わる前に、男は少年の肘から下に鋸を入れ始めた。
 行動停止を求める声は、劈く絶叫へと変わる。
 力任せに入った鋸が、少年の細い腕に付いた肉をひき肉のように半壊させて、血混じりに落ちていく。溶けた氷のように。
「そうなるよなあ。中学のときに技術の授業思い出すわ。木の粉みたいのがうざかったっけ。今そこまでやった? あれ、お前中学生だっけ。小学生だっけ」
 男の質問に、涙と涎を撒き散らす少年は答えない。
「答えろよ。お前が悪いんだからさ」
 少年の脇腹を小突きながら、男が笑って言った。鋸は骨へと到達し、肉を砕く音とはまた別の音を奏でている。
「でも、これで懲りたろ。近所の優しいお兄さんだからって、慢心して調子乗っちゃって。あーあ、お前が学校のこと自慢し続けなければ、俺の〈可愛かった頃〉なんか思い出すことなく、滾ることもなかったのになあ」
 腕を通過した鋸が、床へと着地した。一息ついた男は反対側へと周り、またすぐに少年の腕を切断し叫ばせる。
「本当なら〈可愛かった頃〉の俺を犯したかったんだけど、まあお前、俺に似てるし、我慢するわ」
 そう言った男が今度は優しく微笑み、涙を流した。
「お前ぐらいの時さ、こうやって腕を切ったらどうなるかとか、すげえ興味があったんだよね。切るのも切られるのも。いや、切られる方が興味あったかな。やあ、夢が叶ったよな。俺も、お前も」
 コツを掴んだ男がさっきより早く、少年の腕を切断する。血をぼたぼたと流す肘から下が離れて無くなった。
「声、出るか?」
 虫の息。目をぐるぐる泳がす少年は何処か壊れている。
「出ないか。まあでも、これでお前も俺ってわけだ。俺が〈切断されなかった俺〉なら、お前は〈切断してもらえた俺〉ってことだよな」
 自分の言った言葉に、男は納得していく。
「……久しぶりじゃん。愛してる。愛してるよ」
 そう言って、愛おしさに男が少年を抱きしめる。
 少年がいずれ自身になる予備軍だと信じて。

 

 

 


nina_three_word.

〈 予備軍 〉
〈 慢心 〉
〈 肘 〉