kurayami.

暗黒という闇の淵から

ライトエスケープ

 陽がまだ高い日中のこと。私が街を歩いていると、十字路の真ん中に男が立っているのが目に入った。
「やあ」
 にこやかに甘く、悪気のない顔で嘘臭く笑うソレを、私は知っている。嫌悪感、警戒心、不幸の塊。触れるべきではない、堕落の象徴。
 私はその男を避けるように、角を右折した。
「どうせまた、後で会うのに」
 後ろから聞こえる声を無視して前進する。あの男とは初対面だけど、過去の積み重ねが「関わるな」と私に警鐘を鳴らしていた。
 だから、これは正しい右折。正しい道。
 しばらく街の中を進んでいると、また十字路があって、人が何かを囲って群を作っている。人々の隙間から見えたのは、倒れている知人だった。他の囲んでいる人たちだって、よくよく見れば見知った顔ばかりだ。
 関わるのは面倒だと思って、また右折する。あれはまさに人間関係の事故現場だ。関わるロクなことがない。面倒くさいし、次にあそこに倒れるのは、もしかしたら私かもしれない。
 寂しさを埋める代償として、複雑に身を投じるのはリスクが高すぎる。
 空に雲が出てきた。より過ごしやすくなったなと歩いていると、また再び十字路。その真ん中に疎らに落ちているのは、何かのメモや原稿用紙、絵の具にスケッチブック、アコースティックギター
 全て私が興味のあるモノだった。正確には一度触れて、挫折したモノだってあの中にある。このまま進んで拾い上げて、趣味に没頭するのも良いかもしれない。けれどそれは同時に、時間と精神の消耗を意味することになる。
 私はまた逃げるように、慣れたように右折をした。これで良いはずなのに、心はどこか痛い。
 日が傾いてきて、街の塀が道に影を落とし始めた。進む道の先、今度の十字路はとても暗い。東の道も、南の道も街灯が一つも無く真っ暗で、進めば孤独から帰れなくなるような、深い闇。
 一人は嫌だと、無意識が訴えて、私は西陽が差す道へと右折した。そこは橙色に照らされて、長い影が伸びてるけれど、見知った道。
 最初に歩いていた、いや、何度も通った道だ。
 奥の十字路には、あの男が立っている。
「待ってたよ」
 歩き疲れてもなお前進する私に、男が再び甘く声をかけた。声に吸い寄せられて、抱きついて甘えたくなる。けれど、どうしてもそれは危険だと、堕落への道だってわかっていて、出来ない。
 私は逃げて、角を再び右折する。
「またそうやって逃げるんだ」
 堕落の男は、後ろから私に厳しい声をかけた。
「君は選ばないといけないんだ、四つの選択の中から進む道を。いつまでそうやって逃げ続けるつもりなんだい」
 刺さる声を、私は無視した。わかっている。逃げても回り続けるだけで、終わらないだなんてこと。右回りから抜けるには、選ばないといけないことも。
「僕は待ってるよ。いつまでも、ここで」
 甘い声が遠くに、目の前には新しい事故現場の十字路が遠くに見えた。
 ああ私。いつまで回り続けるんだろう。いっそのこと、あの男に。

 

 

 

 

 

 

nina_three_word.

〈 右折 〉を繰り返す。