kurayami.

暗黒という闇の淵から

ヤングドーナツの穴

 トタン壁に挟まれた細い道の先、住宅街の裏と比喩するのが相応しいような入り組んだ先に、その駄菓子屋はあった。
 駄菓子屋の前には、三人の男の子がメンコで遊んでいる。
 そこに、キャップを被った男の子が恐る恐る近づき、それに気付いたタンクトップの男の子が声をかけた。
「おい、お前。ここに用か」
「う、うん。良い駄菓子屋があるって聞いたから……」
 三人の男の子が、顔を見合わせる。
「合言葉は?」
「えっと……〈背中に注意〉だっけ」
「……オッケー、案内する」
 そう言ってタンクトップの男の子が、駄菓子屋の引き戸を開けた。
 駄菓子屋の中は薄暗く、外からの明かりだけが頼りだった。
「お前、名前は? どこ小の何年?」
「僕は尾張フユキ、紅小の四年だよ」
 キャップの男の子……フユキが、駄菓子屋の中に入り、引き戸を閉めながらそう言った。
「同い年じゃん。俺は米原ケンシ、蘭小だ」
 タンクトップの男の子……ケンシが振り返って人懐っこく笑った。
「よろしく、ケンシくん。……ああ、駄菓子屋ってこんな感じなんだね」
 フユキが紐クジを見ながらそう言った。
「なんだお前、駄菓子屋自体初心者かよ」
 ケンシが頭を掻く。
「よし、俺のオススメを教えてやるよ」
「ん? え、ああ、ありがとう?」
 ゆっくり見たいんだけどなあ、という気持ちを押し殺してフユキが例を言った。
「まずは、これ」
 そう言ってケンシがフユキに見せたのは、小さいヨーグルトのような容器に入ったお菓子。
「モロッコ、ヨーグルト?」
「いや違う、モロッコヨーグルだ」
「ヨーグルトなの?」
 フユキが再び聞く。
「いや、うーん。ヨーグルなんだよ、とにかく。不味くはねえ」
 不味くはない、不味くはないのか。とフユキが小さく口に出して呟いた。
「次にこれ」
「あ、これ知ってる。ブタメンだよね、スーパーで見たことあるよ」
 それはまるで、小さなカップラーメンだった。
「ああ、だがここで売られているのは、一味違う。なんと当たり付きなんだぜ」
「ええ、当たったらどうなるの?」
「もう一個貰えるってやつ」
「すげー」
 フユキが感動の声を漏らす。
「まあ、当たりとかは気にしなくていい。みんなで食うからうまいんだよ、フユキ」
 ケンシが、駄菓子屋の奥へと進む。
 奥に、店主と思わしき男が座っているのを、フユキが気づいた。
「店主さん? いるの気づかなかった」
「ん、ああ、前の婆ちゃんから変わって静かなやつなんだよ。まあ、それはそうと、これが本当のオススメだぜ」
 そう言ってケンシが手に取ったのは、小さなドーナツが四つ入ったお菓子。
「ええ、ドーナツも売ってるの」
「ヤングドーナツだぜ、少し喉が乾くけどな」
「すげー!」
 フユキの反応に、ケンシは満足気だった。
「ええ、どれにしようか、迷うなあ」
 フユキがヤングドーナツを片手に、緑色のゼリーが詰まったスティック状のお菓子を手に持った。
「気になるやつ、全部持ってけよ」
「えっ……やっぱり本当なの? 全部タダってやつ」
「本当本当、いいんだ。店主も良いって言ってるし。ただ、このことは親友だと思えるやつにしか言っちゃだめだぜ?」
 ケンシがニヤっと笑った。
「んー言う相手いないから言わないよ」
 フユキが寂しそうに下を向く。それを見たケンシが慌てた。
「や、まあとにかく表でみんなで食おうぜ。お前のこと紹介するよ」
「……うん!」
 そう言って、両手にお菓子を一杯持ったフユキとケンシが、楽しそうに駄菓子屋から出て行く。
 駄菓子屋の奥、背中に包丁が刺さった、店主の死体だけを残して。

 

 


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〈 駄菓子屋 〉

〈 合言葉 〉

〈 初心者 〉