人工的な静けさに包まれた東京に、中央線の音だけが響いていた。
乗客が存在しない電車は、もはや意味のない虚しい往復を繰り返している。
二十四時間のコンビニも、眠らない街も、夢の幻だったみたいに機能していない。
約二十日前。半数以上の都民が、まるで合わせたように、学校を、仕事を休み始めた。
「まるで、寝ているように身体がうまく動かない」
数々の電話が、そう主張した。
夢寐病。
医者が見たこともない聞いたこともないと、両手を挙げている間に、メディアが勝手に付けた名前が広まっていた。
わかっているのは、潜伏期間が非常に長く、かかれば身体が眠るように動かなくなっていく。苦痛も、空腹もなく、ただただ、身体が時間をかけて、微睡みの中へと落ちていく。
加えて、未だに誰も治し方を見つけれていない。
誰がどのタイミングで最初にかかったのか。日常的に電車の中で混ぜられ、様々な副都心を交差する都民にとって、それはもうわからないことだった。
次々と、夢寐病にかかっていく、都民。
しかし、蔓延した不治の病を、都民は心の底で喜んだ。
安堵していた。救いだと思う者もいた。
会社から、学校から、集団から。体力や気をもう使いたくない。雑踏から、意味のない通知から、離れたい。
都民は、心の何処かで東京から解放されたいと、思っていたのだ。
そして、それは僕もそうだった。
八日前のこと。僕はついに夢寐病にかかった。
かかる前に、東京を離れることだって出来た。けど、それをしなかったのは彼女の存在があったからだ。
「はなれないで」
うわ言だったのかもしれない、けど、微睡みに囚われた彼女は一度だけ、確かにそう言った。
愛しかったのが大きな理由だとは思う。でもその背景にあったのは、この非現実的で、静かな東京に麻痺されたというのもあるだろう。
僕は許可もなく、彼女の横に寝転んでいた。本当に食欲もなく、微睡みの時間だけが流れていく。彼女とこうして長い間隣にいれるのは、いつぶりだろう。
夢寐病にかからなければ、僕は、彼女とのずれた時間を取り戻せなかった。
「東京から解放されるって、こういうことだったんだね」
僕の言葉に、彼女は何も答えない。
もう四日間、彼女は何も口を開いていなかった。
テレビはずっと砂嵐で、外からは小鳥の鳴き声がする。
東京は死んでいくのか。いや、眠りに落ちていく、が正しいのかもしれない。きっと、疲れすぎたんだ。
霞んだ視界の中、彼女の安らかな寝顔が見えた。
僕は全てが霧のようにどうでも良くなって、東京と共に、微睡みに溶けていく。
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