kurayami.

暗黒という闇の淵から

小説は事実

 大学の受験に落ちてしまった。一週間前のこと。
 勉強は、人並みには頑張ったつもりだった。だから今回の結果の原因は運が悪かっただけだと思うし、とても悔しい思いをしている。
 だからこそ、僕は恥ずかしげもなく入学の裏技を探していた。
 しかし、出てくるのは噂程度の裏口入学の情報ばかり。そもそも楽して入学出来たら問題なのだから、当たり前と言えば当たり前か。
 それでも僕は暇潰しも兼ねて調べ続けた。最近じゃ外にまで出るようになって。図書館に入り本を漁り、話す機会のある人がいれば聞き続けた。
 そうでもしなければ、何かを求め続けなければ、どうにかなってしまいそうだったからだ。
 受験の努力が水の泡になったことが、とても悔しかったから。
 そんなある日のこと、一冊のメモ帳を拾い上げた。常に情報を欲している性もあって、つい中を見てしまう。どうやらそれは何かの作品の構想メモだった。
 裏表紙には名前が書かれている。〈白黒木あま〉……ペンネームというやつだろうか。そして、名前の横には住所が書かれていた。
 小説家であれば何か大きな情報を期待できるかもしれない。そう思った僕は、その住所へと向かってみることにした。
 その日は見るからに、殺人的な夏の晴れの日。
 最寄りの駅から三つ隣。住所を頼りに暑さの中を歩いてみると、五階建ての古いビルに辿り着いた。とてもじゃないが人が住む雰囲気ではない、事務所なのかもしれない。
「え、ああ、メモ帳……本当だ。確かにこれは俺のだね」
 四階にある鉄のドアをノックすると、中から背の高い男……白黒木が出てきた。絵に描いた、いや、まるで漫画に出てくる小説家のように、白シャツに黒ベストと身なりを整えている。
「どこで?」
「あ、西二町で。駅前の裏路地に落ちていました」
「なら、あの時かな。ああ、有難うね。もし良ければ中でお茶でもしていくかい?」
 僕は白黒木の言葉に甘えて中に入ることにした。男の身なりに反して、中の事務所は散らかっている。
「ああ、そこ。うん、そこだね。ジャケットどかして座りなよ」
 衣類にまみれたソファの中から、僕は座る場所を確保した。
「あの、えっと、シロクロキ? さんは、小説家さんなんですか?」
「シロクロキで合ってるよ。いや小説家……うーん。まあ……」
 白黒木は難しそうに、笑って首を傾げる。向かいのソファに座って、爪やすりで爪を磨いていた。
「本とか出されてるんです?」
「ああ、それが一冊も出していないんだ。そこなんだよな、作品も発表しないで」
「へえ。え、じゃあ、この事務所? ってなんなんです?」
 僕は辺りを見渡して白黒木に聞く。主に書類が乱雑に置かれたその空間の主役は、奥にあるデスク。
 デスクの上には赤いノートパソコンが置かれていた。
「ああ、この事務所はね。世界を綴るための事務所さ」
「ん? 世界……ですか?」
 クリエィティブ的なことだろうか。
「ふむ、まあ見ればわかるよ」
 そう言って白黒木は、奥のデスクへと向かう。
「例えば今日は“見るからに殺人的な晴れ”だね?」
 そう言って白黒木はパソコンに何かを打ち込む。
 その瞬間、雲ひとつ無かった空に、天気雨が降り注いだ。
「あまり急に雨が降ると不自然だからねえ。天気雨ということにしたよ」
「どうやって」
「このパソコンで、世界を書き換えた」
 僕は焦ってパソコンを覗き込む。
 そこには“突然の天気雨が降り注ぐ”とだけ書かれていた。
 信じられないことだった。だけど、信じたい。だってこれが事実なら……
「……これって、例えば、大学に落ちた僕が、大学入学したことに書き換えることとかも、出来るんですか」
「出来ないよ」
 白黒木の言葉に、僕は肩を落とす。そもそもこの事が事実かもわからないというのに。
「ちなみに、その、なんでですか」
「ふむ、そうなるとだね、後ろから物語を変えなければならなくなる。つまり、面倒臭い。人々の口調だって変わってしまうかもしれない」
 そう言って男は続ける。
「まあ、やってあげても良い。だけどそれは、僕が首を絞めて……爪を食い込ませて殺してしまった恋人を、生き返らせるシナリオのついでになるけどね」
 

 

 

 

 

nina_three_word.

〈 爪やすり 〉

〈 口調 〉

〈 裏技 〉