kurayami.

暗黒という闇の淵から

大衆の興味と罰

「ご協力お願いしまーす」
 渋谷駅ハチ公前に若い女性の声。通行人の大半が横目に通り過ぎていく中で、少人数が足を止めて小さな野次馬の群を作っている。
「えーただいまですね、タバコのポイ捨て撲滅キャンペーンをしていまして、どうかポイ捨てに対する罪意識を高めてくださーい。ご協力お願いしまーす」
 女性スタッフの一人が愛想の良い笑顔を貼り付けたまま、同じ台詞をロボットのように繰り返しいた。そして、隣に立っているもう一人の女性スタッフは、煙草を気怠げに吸っている。銘柄は赤いマルボロ
 吸った煙草を、ポイ捨てをしたのであろう男の死体に押し付けて消していた。死体の新鮮そうな肌色を見る限り、死んでから二時間も経っていない。しかしその皮膚は小さな黒い丸で水玉模様が作られ、眼孔と口内は灰皿と化していた。
 野次馬たちはこぞって携帯を取り出し、見せしめの罰を写している。


「みなさま、ご協力お願いします」
 立川駅北口前に若い男性の声。登校途中の高校生たちが足を止めて、大きな野次馬の群れを作っている。
「今現在、東京の恋愛成就者人数が増加し続けている事態にあります。その全恋愛の中で八割が成就という事態。これは由々しき事態であります。そこで、我々千代に恋愛組合は失恋応援キャンペーンを行っています。我々は多くの恋愛成就を許しません。みなさまご協力お願いします」
 誠実そうな声を張り上げて、男性スタッフがダガー型のナイフを片手に立っていた。
 その横には、手足を縛られ、口を布で覆われた女性が涙を流して座っている。
「この女性は昨晩、あろうことか興味の無い、男性からの告白を、受け入れた……のです。遊び心に恋愛成就者を許す行為を、我々は許しません。なの……で、今から死刑に……」
 引きつった声で、震えた手で、男性スタッフは声を張り上げて、ナイフを振り上げた。女性が布越しに何かを叫んでいる。高校生たちが好奇心に満ちた目で見ている。
 振り落とされたナイフが女性の首へと刺さった。しかし、思った通りに切れないことに男性スタッフが焦り始める。女性は布越しに叫び声を上げ、目を強く閉じていた。
 ナイフは喉の奥へと刺さり、女性は時間をかけて痙攣しながら死んでいく。
 女性が死ぬ頃には高校生たちは消えていた。
 自身の恋人を殺した男性スタッフだけが、蒼白の顔で立っている。


「ご協力お願いしまーす」
 新宿駅、アルタ前。やる気のない女性の声。
「私たち政府はぁ、情に流された殺人がなくなるよーに、このように謝罪キャンペーンをしていまーす」
 女性スタッフが携帯を見ながら、誰かも届ける気がない声を出していた。
「……った。俺が、悪かった。本当に、本当に……殺すつもりは……」
 隣には、首から『私が友人を殺しました』とホワイトボードをかけた男が、涙を枯らした顔とナイフを片手に、正座している。
 それは心からの後悔と謝罪の声だった。繰り返される言葉は、それこそもう、届かない相手へ向けている。
 見せしめとして、これまでにない屈辱。
 しかし、通行人は誰一人として、そのキャンペーンに興味を示さないまま、通り過ぎて行く。
 

 

 

 

nina_three_word.

〈 見せしめ 〉

〈 キャンペーン 〉