kurayami.

暗黒という闇の淵から

犯人にとっての聖書

 ええ、ええ。反省ですか。反省なんてしてません、しませんよ。
 私は〈教え〉に従ったまで、ですから。
 一人目は父の友人だった男です。ええ、母と父が死んでからというもの、妹と二人きりになってしまった私に親切にしてくれていました。もちろん、下心有りきの親切ですが。あの日は妹が学校行事で外泊をしている日でした。「妹さんいないんだし、今日ぐらいはゆっくり休みなよ」と、酒と鱒の刺身を手に男が私の家を訪ねたのです。ああ、私〈教え〉が無ければ今日犯されていたんだって、ぞくっとしました。私は男を家へと上げ、客室に招いてから「和室のタンスの上にある物が高くて取れないのです、助けてください」と頼り甘えました。男は一緒に和室へと向かい、タンス上にある空っぽの裁縫道具に手を伸ばします。ここまで〈教え〉通り。私はなりきって、上に気を取られている男を後ろから工具用ハンマーで殴り、殺しました。
 二人目は、ええ、刑事さんはもう知っていますよね。同級生の愛梨ちゃん。廊下ですれ違う程度の間柄でしたが、その長い睫毛は私の理想で、それこそ〈教え〉に沿った美しい少女でした。あの子を殺したのは放課後、陽が沈んだ後です。幸運でした。偶然帰り道に同じバスになって、あの子はバスの中で寝てしまっていたのです。バスが林沿いの停留所に止まる直前にあの子を起こし、一緒に降りました。「私も寝てたの」「遠くに行く前で良かった」なんて、暗くなった林の前で可愛い会話をして。良い子だったのですぐに打ち解けて……あの子、全然警戒しませんでしたよ。道中「ここを抜けると近道だよ」って林の中へ誘って、前を歩くあの子を、なりきって後ろから首を絞めて殺しました。
 次は三人目です。多分、刑事さんはまだ知らないと思います。でももう、本人のことは見ましたよね。家の冷蔵庫に、入っているのを見たはずですから。彼は私の恋人ですよ。きっと家の人は長期旅行と聞かされているはずなので、まさか死んでるだなんて思っていないでしょう。本当は私の家にお泊まりしていたのです。ああ、彼は、彼を殺すのは、少し心が痛みました。可愛いのです。長期旅行と家族に偽るのも、下心と言うにはあまりにも似合わないぎこちないボディタッチも、いつもより会話が多いのも。可愛くて愛おしい。ですが、私は〈教え〉に沿って、彼を殺さないといけなかったのです。縛った彼を、優しく抱きしめながら、ナイフで抉り殺しました。ああ、私、あのときはなりきれえ、いなかったのかもしれません。
 全ては〈教え〉の元に、行われたのです。
 私はずっと憧れていて、主人公になりたかった。
 その小説の主人公は、とてもたおやかな女なのです。自身の美を高めるために、彼女は物語の中で〈強姦魔〉を〈可愛い少女〉を、そして〈恋人〉を殺して、骨も残さず腹の中へと納めました。そんな我儘な殺害と食事がとても美しいと思って、ずっと、憧れてた。
 その小説は、私にとっての聖書。
 しかし、私、どうしてもたらふくになってしまって……食べ切ることがどうしてもできませんでした。

 

 

 

 

 

nina_three_word.

 

〈 たらふく 〉

〈 なりきる 〉

〈 たおやか 〉