kurayami.

暗黒という闇の淵から

自覚症状

 私は、いつものように玄関を開けただけ。なのに、どこか、違う家に帰ったような気分になった。
 気にならない程度の違和感、どこか不気味になる不安。それらを拭ったのは、サークルの飲み会で無理に蓄積された、疲労。くたくたになった身体は、自然とベッドへと運ばれて行き、気付けば私は枕の中で寝息を立てていた。
 ひっくり返った玄関のマットに、気付くこともなく。
 次の日の朝。目覚めた私は身についた習慣のまま、枕の下にあるはずの携帯に手を伸ばしていた。だけど、いくら手で探っても携帯は見つからない。
 おかしいなと思ったそのとき、ベッドから離れた机の上から、聞きなれた振動音がした。
 起き上がり駆け寄ってみると、そこには私の携帯が置かれてある。あれ、昨日机の前に寄ったっけ、なんて考えてみたけど、酔っ払いの記憶じゃあてにならない。
 しかし、机の上に置いたかどうかということより、あまりにも不自然に、机の角に合わせるように綺麗に置かれていた携帯が、私は気になった。
 携帯の一件があって以来、私は家の物の配置がちょくちょく変わってることに気付き始める。最初は自身の物忘れが激しくなってしまったものだと思った。ただ流石に、風呂場の床にシャンプーを撒き散らしたりしない。
 自覚し始めてからか、家の中で気味の悪い物音がよく聞こえるようになった。台所でカンカンと何かを叩く音。ミシミシと、床を一歩一歩と重たく歩くような音。カチッとクローゼットが閉まる音。
 いわゆる、ポルターガイストと呼ばれる霊的現象だ。
 ショックだった。大学に入学して以来、苦楽を共にしてきたこの家を気に入っていたから。そんな霊的なものに付き纏われては、落ち着いて眠れることができない。この場合、お祓いをすればいいのか、またその分の請求は大家に通るのか。
 そう、考え始めていた、夏の夕暮れ時。掃除をしていた私は、家のあちこちであるモノを見つけてしまった。
 それは、太く短い、髪の毛。
 明らかに、私の髪の毛とは別のモノ。
 途端に、今まで感じていたものちは別の寒気を感じた。私は住み始めて以来、誰も家に上げていない。
 ごそっと、物音がした気がした。振り向けばそこはクローゼットだ。
 私は手の届く場所にあったハサミを握り、恐る恐るクローゼットに手をかける。最悪の想像が当たらないようにと、祈りながら。
 ゆっくり開かれたクローゼットから出てきたのは、裸の、中年男性だった。
 私は思わず悲鳴を上げ、男はそれに呼応するようにクローゼットを飛び出て、部屋の隅へと逃げる。
 どうやら男は私に害を与える気はないらしく、部屋の隅にぼーっと立っていた。私は男から目を離さないように、携帯に手を伸ばし警察へと通報する。
 いつからだろう。いつから私はこの男と、生活をしていたのだろう。寝てる間、風呂に入っている間、男は部屋をうろうろと彷徨っていた。ありとあらゆる気味の悪いことを想像すると、自然と涙が出てくる。気持ち悪い、恐ろしい。
 数十分後、二人のお巡りさんが家へと辿り着いた。私は思わず泣きつき、男がいる部屋を指をさした。
 人が来た安心感に、また涙を流す。しかし、部屋から出てきたお巡りさんが私に言った言葉は、何よりも、ポルターガイストより、生身の男の事実より、恐ろしいものだった。
 その言葉に、私は恐ろしい自覚を、してしまうのだから。

「あの、誰もいませんよ」

 いつから、一緒にいるのだろう。
 
 
 

 

 

 

nina_three_word.

ポルターガイスト