「ナスカさんがカストルに来て、今日で一年と一ヶ月ですよ」
「んん、それは微妙な記念だねロング君。口に出す必要もなさそうな記念じゃないか」
部屋の中、暖炉に揺られて二人の男の影が踊っている。
ここは暗黒街カストル、寿命在る街。
ナスカ・ウィンドウが自身の世界を失い、魔法という力を主流としたこの世界に辿り着いて、ロング・ミラーと共に探偵業を始めて、一年と一ヶ月が経った。
「いや、記念は記念ですよ。カストルでは一年と一ヶ月をクリームドリンクで乾杯して祝うのです」
「本当かなあ」
「ええ、本当ですよ。でもまあ、疑うのは、その目の前にある事件を解決してからにしてください」
話を逸らしたのは君だろうと、頭を掻きながらナスカは机の上にあったアイテムを手に取った。
「どうですか? 魔法使い探偵」
魔法使い探偵。人は魔法の使えないナスカを、皮肉と尊敬の念を込めてそう呼ぶ。
三日前。十字街ポルックスのカフェ〈ツインズ〉のマスター、ウィリアム・クロウが何者かに殺された。
ウィリアムは悪魔を見たような形相で倒れ、現場には、一つのアイテムが残されていた。
「僕が医療に携わっていれば、この世界で大儲けできたんだけどねえ。まあ、死体を見る限り毒か、君らが使う魔法の類なんだろうけど」
「それもわからず。現場に残された俺らにはわからないアイテムだけが頼りで、ナスカさんの出番ってわけですね」
単眼の怪物を思わせるような箱型のアイテムを、ナスカは机に置いた。
「これは、カメラだ」
「カメラ?」
「ああ、見るからに古いってわけではないが、フィルムを使うものだな……やはり、僕以外にもいるんだな……」
「なんですか、カメラって」
ぶつぶつ話すナスカを前に、置いてけぼりにされたロングが不機嫌そうに言った。
「ああ、すまんな。そうだなあ、一瞬で風景画を作る魔法、とでも言おうか」
「はあ、そんなのがあったら芸術家は死んでしまいますね」
「……いや、そうでもないよ。時間が為す技というのは、評価されるものだ」
再び、カメラを手に取るナスカ。
「それじゃあ、その中に事件の真相の絵が入ってる、ってことですか?」
「そうなんだが、僕はその絵を取り出す術を知らなくてな……下手に取り出せば中身が消える」
「ナスカさん……」
「ええい、待て待て、考える……」
ロングにカメラを渡し、椅子に深く座り込んだナスカが、斜め上を見上げた。
「ロング君、それに魔法を使った痕跡は?」
「ばっちりありますね。この単眼のところ」
レンズ、魔法、フィルム……ナスカは考える。
「参考になるかわからないんですけど、暖かいです、この魔法」
暖かい。ナスカはバチバチと燃える暖炉の火を見つめた。
下手に取り出せば、消える。
「なるほど。下手に取り出すよりは、いいかもしれない」
ナスカはそう言って、カメラを暖炉に投げ込んだ。
暖炉の中で、カメラが崩れる音。
「えっ、なにしてるんですか!」
ロングが騒ぐが、その影を見て、口を閉ざした。
暖炉から、影が伸び、まるで絵のように浮かび上がる。
「フィルムには、光の情報を記録する性質がある。ならその光が火の魔法であれば、またそのフィルムの情報を引き出すのも火、だろう」
次々に写り出される人型の影は、人とは程遠い、形をしている。
「ロング君、これは?」
「マンドレイクの、根ですね。人を殺す幻覚を見せる……猛毒です」
「ふむ、珍しいものかな」
「ええ、珍しいです。売人を絞り込むのも容易いかと」
息を大きく吹き、ナスカが立ち上がった。
「解決、だな」
「ですねえ……それにしても、なぜ火の魔法だってわかったんですか?」
「あそこのな、ウィンナーコーヒーが好きだったんだよ。ああ、君らはクリームドリンクと呼ぶんだっけ。品がない……」
「待ってください。品がないかはともかく、あそこに通ってたんですか?」
なぜ連れて行ってくれなかったんですか、と怒るロング。
「いやあ、僕はカストルっぽさはないからねえ」
「今度は俺も連れて行ってください!」
「そんなことより、カストルでは一年と一ヶ月をウィンナーコーヒーで祝うってのは本当かい? カストルを敬愛する身としては、是非知りたいとこだなあ」
nina_three_word.
〈 フィルム 〉
〈 マンドレイク 〉
〈 ウィンナーコーヒー〉