kurayami.

暗黒という闇の淵から

ごく普通で、珍しくもない

 ありふれた僕の心について。
 なんとなく辿り着いた街が、過去にあった恋に所縁のある場所だった。だからこうして、駅前のベンチに座っていろいろ思い出したりもしている。
 思い出す先は、遥か昔まで過ぎて。
 二十二年間、生きてきただけの記憶が僕にはある。嬉しかった出来事も哀しいと思う事も、数え切れない程あった。思い出と人間関係は今という僕を構築した。このありふれた僕を。
 そんな〈どこにでもあって、普通であり、珍しくない〉という意味の言葉を、人混みに混じるたびに思うんだ。
 決して個性が欲しいわけとかじゃなくて、他の人より突起したモノが欲しいわけでもない。何よりどんなに変わった個性がその人にあったとしても、人は人だ。ありふれていない危ないヤツだなんて、ほんの一握りだと思う。だから、そういう意味で、僕はとても安心する。他と変わらないただの人であること。ありふれていることに。安心というより溶けるとでも言おうか。正解を常に与えられているかのような……そんな気持ちだ。正しく進めていて本当に良かったよ。
 小学校じゃ秘密基地を作ってきた。中学校じゃ悩みを共有した。高校じゃ部活に専念した。大学には落ちちゃったけど、結果的にいろいろなモノを知れて良かったのかもしれない。大学のことは友達から聞けるし、外のことは自分で見に行ける。着々と人たる時間を重ねている。
 恋の成就も、失恋も、同じだけ。
 感傷。なんで人はわざわざ哀しい思い出と対峙したがるのだろう。駅前を見て思い出すのは今でも忘れられない彼女のこと。つまらない理由で振られてしまったこと。
 今から三年も昔のことだって言うのに、その失恋は根強く僕に残っていた。その彼女はなんだか……うん、ありふれていなかった。まあ僕にとって好きな人なんだから、当然そういうものなのかもしれないけれど。僕は密かに彼女のことが好きで、そのことに気付いたのは向こうだった。
「普通じゃないよ、君」
 そんな密かな想いに気付いた彼女は、そう言って僕を受け入れた。今でも何が〈普通〉じゃなかったのかわからないけれど、その時はただただ嬉しかったっけ。
 それからというもの、僕は自身の想いを出来るだけ悟られないように、接したつもりだった。
 こんなありふれた想いに塗れた僕だって気付かれたら、嫌われてしまうかもしれないと思ったから。普通に彼女を満足させれるように努力していた。しかしどうやらそれが、彼女にとってつまらかったらしい。
「退屈」
 ただその一言、つまらないからと振られてしまったんだ。
 何が駄目だったのか今でもわからない。ただ、ただ、心からとても好きで、離したくなくて、ずっと側にいて欲しいだけだった。少し重すぎたのだろうか。今なら最悪の場合殺してでも離さないと思う。けれど、それをしたら、嫌われてしまっていただろうな。
 駅前は三年前と同じように、僕と同じような人たちが通り過ぎていくだけ。
 そして、ここには失恋に傷心する、ありふれたワレモノが過去を惜しむだけだ。

 

 

 


nina_three_word.
〈 ありふれた 〉
〈 ワレモノ 〉