kurayami.

暗黒という闇の淵から

完結世界

 果てなく広い東京の中で邂逅出来た二人にとって。
 六畳一間のワンルームは十分過ぎる世界の器だった。
 一切の秒針を刻む音が失われた部屋。床に流れる掛け毛布が眠気として、少し散らかった空間に融合している。明かりといえばカーテンから溢れる柔らかい光だけ。部屋の片隅に淀み溜まる暗闇は拭そうにはなくて、外部から遠く聞こえる車の走る音がやけに現実味を失っていた。
 二人の現実は、この部屋にしかないのだから。
 怠惰に身を預け、擬似的永遠による幸福の形を選択した二人にとって、もはや世界は部屋の中に完結している。外部の音も光も闇の干渉はもはや意味がない。唯一事を動かすのは本能のままの三大欲求と、互いを貪り求め合う静かで重くて、未来の無い愛だけだ。求め伸ばされた手は最も容易く握られ、求めた分だけの安心と快楽を齎し合う。
 二人は元々東京に存在していた。コトワリを回し続ける歯車の一つとして機能していたはずだった。しかしそれは、運命と歌われるその日に巡り会った時の間まで。互いを承認し暖め慰め合い、歪んだ恋路に逃亡した先に見たのは〈存在しない理想の世界〉を求める続ける苦悩。〈愛と憂鬱〉は確実に二人を追い詰め、疲労し消耗させて、人間としての形を奪っていく。
 気付いたときには、歯車として回るのには、あまりにも錆びすぎてしまっていた。
 凹凸が綺麗に嵌り合うのは、目の前にいるその人だけだ。
 苦悩の果てに辿り着いた六畳一間のワンルームで、生気が弱った手を重ねる怠惰な日々。他愛無い話は尽きることがなくて、枕は言葉に溢れている。幾度と無く語られるのは浅い二人の過去、無いはずの未来の話。今に在る安心と先に在る終焉に麻痺をしながら、薄暗闇の部屋を何度もノックした。もちろん二人にはわかっている。現実とルビ振る残金を食い潰すまでの世界だってことを。桜が散るまでの短い時だってことを。
 それでも、それでも二人は縋り合い、完結した世界から抜け出すことを選ばない。選べない。そんな選択肢すらも見えていない。何故なら今の選択が、二人にとっての残された紛い物では無い確かな幸福だったからだ。世界を抜け出すことを選んでしまえば、相手その人を否定することを意味してしまう。そうやって否定してしまうぐらいならば、二人にとって死を選ぶのは盲目な程に当たり前のこと。
 愛と憂鬱。そして現実逃避と、死への歩み。
 全ては正しい愛を決行するため。
 救うべき愛から目を逸らすため。
 最もたる幸福の時間を、終わりゆくまで。

 

 

 

 

 

 

nina_three_word.

〈 邂逅 〉
〈 食い潰す 〉
〈 この世の春を謳歌する 〉