まるで時間が、巻き戻ったかのようだった。枯れてセピア色になりかけていたものが、十三年ぶりに鮮明となって返り咲いて、今私の目の前に存在している。
ミルクティー色のカーディガンの袖に、手の甲が隠れた彼は、私の部屋で勉強をしていた。テストが近いと言う。何もしないで本を読む私は、さながら余裕に溢れた優等生というところかしら。
「あの」
「なあに」
私は彼に、優しい声で応えた。
「なにか覚え方とか、コツあった?」
過去形で聞かれたことに胸が少しだけ、ちくりとする。
「そうね。何か勉強とは別のモノと、紐付けすると覚えられるものじゃないかしら」
「ええ、例えば?」
「例えば、私との会話に何度か出して、テストの最中に私含めて思い出す、とか」
そうなって欲しい、常に思い出していて欲しい。そんなことは、彼が尊敬する〈大人の女性〉である私の口からは、言えなかった。
結局、今ここに青春があっても、立場は彼は男子高校生で、私は三十路の女。それに変わりはないのだから。
「そんな楽しく勉強しちゃっていいの?」
彼は呆れた顔で言った。
「いいの。辛く勉強しろだなんて誰が言ったのよ」
「……世間?」
「嫌な世間ね。私が良いって言ってるから良いの。ほら、さっさと勉強終わらせなさいな」
彼が間延びした声で返事をする。本当、はやく終わらないかしら。
昔お世話になっていたバイト先に遊びに行った先で出会っただとか、彼が歳上好きだとか、家が近いだとか、様々な奇跡が重なって、彼がここに存在している。
本来なら辿り着かない幸福。
「できた、終わった、お待たせ」
彼がノートを閉じて、後ろに手をつく。
「待たせすぎ」
そう言って私は、彼の胸にいやらしく体重をかけた。
彼にとっては性的な誘惑なのかもしれないけど、私にとってこれは、ただ甘えてるだけ。
そして、甘えついでに、彼の若い身体で性欲を発散しようと、深くキスをした。私に舌を入れられた彼の目が、変わっていく。若さ故の性に飢えた、獰猛な目に。
それにしても、貴方の青春はこれでいいの?こんな三十路のおばさんと大事な時を過ごして。今しか出来ないことがあるでしょう。若い子としか築き上げれない、唯一無二の青春が、貴方にはできるのに。
でも、例え、そうだとしても、私にとってはもう二度とない、異端なチャンスなの。本来は有り得ない青春。きっとこの先、私には青春は訪れない。
だから、私が貴方のことを離さない。
この狂い咲いた青春の道連れにしてあげる。
nina_three_word.
〈 狂い咲き 〉