kurayami.

暗黒という闇の淵から

緑の温度

 変化する温度があるからこそ一年も、恋も、夏も楽しい。
 私は夏が好き。汗を流して登りきった坂で、偶然涼しい風が吹いて入道雲を見上げること。贅沢にデパートのクーラーで冷えた身体を、外の熱気を頼りに暖まってまだ汗を流すことも。
 でも何より、木曜日に自転車を隣の駅前まで走らせて、誰も知らない古風な喫茶店に行くことが、私の一番の、夏。クラスの誰も知らない、親友ちゃんだって知らない私だけの秘密の場所。
 素敵な場所は、秘密にしたくなる。
 黒い扉を開けるとカランカランとした音と共に、上品な微弱な冷房が受け入れてくれる。私はいつもの禁煙席、入り口入ってすぐの、カウンター近くの二人席。
 席に座った私は、メニューを手に取って、すぐに戻す。これは私なりの「今日も“いつものやつ”でいいわ」という、かっこつけだ。こんな素敵な場所で大人になったフリして得意げ。そんな私のことも、誰にも教えられない。
 メニューが戻されてしばらくすると、木曜日のあの人が音もたてず静かに、私の席へと訪れるの。
 第一まで閉めた黒いシャツと黒いサロン。でもワイルドに袖捲りがされて見える、白い腕。短めのウルフヘアーと幼い顔のギャップ。
 私の片想い。木曜日の店員さん。貴方。
「メロンソーダを、お願いします」
「かしこまりました」
 なんでもない顔をして、澄ました顔して、私はお気に入りのメロンソーダを注文する。この短いやり取りが愛おしい。ああ、そんな短いやり取りも、通う理由なのかもしれない。
 携帯を触るフリをして横目にこっそりカウンターを見ると、メロンソーダを作っている貴方が見える。今この店内にいるお客さんは私を含めて三人。貴方は今、私のためだけに動いている、ちょっと優越感。
 でもそれも、少しの間。貴方はあっと言う間にメロンソーダを作って私の元へ持ってきてしまう。
 真紅のさくらんぼがちょこんと乗った、アイスクリームの入道雲とエメラルドの海。
 どんなに大人になりたくても、貴方の前で澄ましたくても、私はメロンソーダを頼むことを止めれない。
 夏に乾かされた身体を、微炭酸が刺激して潤すから。甘いアイスクリームとメロンの味が私の少女を肯定するから。
 私がどんなに貴方に恋をしていても、この少女の私を愛してくれないと、恋は実ったと言えない。
 ……なんて、言い訳を並べて、私は大人になれないままアイスクリームをスプーンですくう。甘くて美味しい、好き。
 ふと、貴方が手を拭いて、外へと向かっていく。水撒きの時間なのかな。見ていられる時間が減るだなんて運が悪い。
 でも、もっと運が悪いのは貴方で、外へ出た瞬間に弾け飛んで行った。
 銀色の乗用車が外に出た彼を、遠くへと。
 私は反射的に店の外へと飛び出て、遠くに倒れている彼を見る。
 流れ出る鮮血と、私の口の中に残る緑の人工甘味料
 私の恋は、死の冷たさに、呆気なく終わっていった。

 

 

 

 

 

 

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〈 メロンソーダ 〉と恋。

ダンスフロア

 今更過ぎる後悔に、日々思い返しては癖になってしまう。
 人生で初めて行ったクラブで知り合った、歳上の女。気に入られ、朝まで踊り明かし、次の日の夕方過ぎまでホテルで過ごしたその日に、付き合い始めた。
 その女は俺の初々しさを気に入ったと言うが、今となって本当の所はわからない。少なくともジーマを口移しで飲まされたら、大抵の男はどうにかなってしまうものではないのか。未だにそれもわからないままだ。
 笑ったときの細く鋭い口角、浮き出た鎖骨に被せた黒髪の緩いパーマ。それがクラブのサイケデリック色の下でも、薄暗い部屋のベッドの上でも変わらず色気があって、俺はそれだけで惑わされ虜にされて踊っている。ああ、とても愉快で若い俺だ。
 女はそんな俺を、遊び心に楽しんでいた。軽い気持ちで俺に手を差し伸べて可愛がり、また俺もそれに甘えて〈馬鹿みたいな本気の恋〉を〈大人のごっこ遊び〉に被せていた。
 俺が切なくもどかしい気持ちを隠して、本心で笑っていた事すら、女は楽しんでいただろう。女の仕事が終わるまで、駅前のカフェで俺が待っていたことも、愉悦に浸れたことだろう。
 あの女のために髪を伸ばした。
 あの女のために金を借りた。
 あの女のために学校を休んだ。
 そうやって貢献する度に、女は口癖のように「馬鹿だねえ」と言って俺を楽しんで可愛がる。
 そんな女の心の内。その下衆な娯楽感情を見透かし、わかっていながら、俺は依存を止めれず、脳を溶かして堕ちていく日々を過ごした。
 貢献も依存も好意も、女による巧みな懐柔。
 全ては、女の手のひらの上だった。
 ああ、歳を取った今だからこそわかる。懐柔を上手に出来るからこそイイ女であり、それに貢献し懐柔され切ってしまう男はダメな男だということが。
 俺は、ダメな男だった。
 最後の晩。女に飽きられた俺は、哀れにも「離れたくない」などと我儘に縋った。内心ではそれが、女にとっての可愛い事だと信じて。
 縋れば縋るほど俺は女の懐柔に溺れていき、希望を無くし、失恋していく。
 結果は言うまでもない。当然の結果に俺は女から絶縁され、オールを無くした船は陸を離れていくのみだ。
 俺はそんな〈大人のごっご遊び〉に被せた〈馬鹿みたいな本気の恋〉を今でも思い出し、何が悪かったのかとジーマを片手に整理する。
 今更大人になっても、遅いというのに。
 しかし、こうして後悔を思い返す度に、俺は恐ろしい事を自覚してしまう。
 俺は今も、あの女の手のひらで踊らされている事を。


 あの日、クラブで下手な踊りで、夜を明かした日から。
 

 

 

 

 

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〈 今更 〉
〈 懐柔 〉
〈 貢献 〉

 

小説は事実

 大学の受験に落ちてしまった。一週間前のこと。
 勉強は、人並みには頑張ったつもりだった。だから今回の結果の原因は運が悪かっただけだと思うし、とても悔しい思いをしている。
 だからこそ、僕は恥ずかしげもなく入学の裏技を探していた。
 しかし、出てくるのは噂程度の裏口入学の情報ばかり。そもそも楽して入学出来たら問題なのだから、当たり前と言えば当たり前か。
 それでも僕は暇潰しも兼ねて調べ続けた。最近じゃ外にまで出るようになって。図書館に入り本を漁り、話す機会のある人がいれば聞き続けた。
 そうでもしなければ、何かを求め続けなければ、どうにかなってしまいそうだったからだ。
 受験の努力が水の泡になったことが、とても悔しかったから。
 そんなある日のこと、一冊のメモ帳を拾い上げた。常に情報を欲している性もあって、つい中を見てしまう。どうやらそれは何かの作品の構想メモだった。
 裏表紙には名前が書かれている。〈白黒木あま〉……ペンネームというやつだろうか。そして、名前の横には住所が書かれていた。
 小説家であれば何か大きな情報を期待できるかもしれない。そう思った僕は、その住所へと向かってみることにした。
 その日は見るからに、殺人的な夏の晴れの日。
 最寄りの駅から三つ隣。住所を頼りに暑さの中を歩いてみると、五階建ての古いビルに辿り着いた。とてもじゃないが人が住む雰囲気ではない、事務所なのかもしれない。
「え、ああ、メモ帳……本当だ。確かにこれは俺のだね」
 四階にある鉄のドアをノックすると、中から背の高い男……白黒木が出てきた。絵に描いた、いや、まるで漫画に出てくる小説家のように、白シャツに黒ベストと身なりを整えている。
「どこで?」
「あ、西二町で。駅前の裏路地に落ちていました」
「なら、あの時かな。ああ、有難うね。もし良ければ中でお茶でもしていくかい?」
 僕は白黒木の言葉に甘えて中に入ることにした。男の身なりに反して、中の事務所は散らかっている。
「ああ、そこ。うん、そこだね。ジャケットどかして座りなよ」
 衣類にまみれたソファの中から、僕は座る場所を確保した。
「あの、えっと、シロクロキ? さんは、小説家さんなんですか?」
「シロクロキで合ってるよ。いや小説家……うーん。まあ……」
 白黒木は難しそうに、笑って首を傾げる。向かいのソファに座って、爪やすりで爪を磨いていた。
「本とか出されてるんです?」
「ああ、それが一冊も出していないんだ。そこなんだよな、作品も発表しないで」
「へえ。え、じゃあ、この事務所? ってなんなんです?」
 僕は辺りを見渡して白黒木に聞く。主に書類が乱雑に置かれたその空間の主役は、奥にあるデスク。
 デスクの上には赤いノートパソコンが置かれていた。
「ああ、この事務所はね。世界を綴るための事務所さ」
「ん? 世界……ですか?」
 クリエィティブ的なことだろうか。
「ふむ、まあ見ればわかるよ」
 そう言って白黒木は、奥のデスクへと向かう。
「例えば今日は“見るからに殺人的な晴れ”だね?」
 そう言って白黒木はパソコンに何かを打ち込む。
 その瞬間、雲ひとつ無かった空に、天気雨が降り注いだ。
「あまり急に雨が降ると不自然だからねえ。天気雨ということにしたよ」
「どうやって」
「このパソコンで、世界を書き換えた」
 僕は焦ってパソコンを覗き込む。
 そこには“突然の天気雨が降り注ぐ”とだけ書かれていた。
 信じられないことだった。だけど、信じたい。だってこれが事実なら……
「……これって、例えば、大学に落ちた僕が、大学入学したことに書き換えることとかも、出来るんですか」
「出来ないよ」
 白黒木の言葉に、僕は肩を落とす。そもそもこの事が事実かもわからないというのに。
「ちなみに、その、なんでですか」
「ふむ、そうなるとだね、後ろから物語を変えなければならなくなる。つまり、面倒臭い。人々の口調だって変わってしまうかもしれない」
 そう言って男は続ける。
「まあ、やってあげても良い。だけどそれは、僕が首を絞めて……爪を食い込ませて殺してしまった恋人を、生き返らせるシナリオのついでになるけどね」
 

 

 

 

 

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〈 爪やすり 〉

〈 口調 〉

〈 裏技 〉

大衆の興味と罰

「ご協力お願いしまーす」
 渋谷駅ハチ公前に若い女性の声。通行人の大半が横目に通り過ぎていく中で、少人数が足を止めて小さな野次馬の群を作っている。
「えーただいまですね、タバコのポイ捨て撲滅キャンペーンをしていまして、どうかポイ捨てに対する罪意識を高めてくださーい。ご協力お願いしまーす」
 女性スタッフの一人が愛想の良い笑顔を貼り付けたまま、同じ台詞をロボットのように繰り返しいた。そして、隣に立っているもう一人の女性スタッフは、煙草を気怠げに吸っている。銘柄は赤いマルボロ
 吸った煙草を、ポイ捨てをしたのであろう男の死体に押し付けて消していた。死体の新鮮そうな肌色を見る限り、死んでから二時間も経っていない。しかしその皮膚は小さな黒い丸で水玉模様が作られ、眼孔と口内は灰皿と化していた。
 野次馬たちはこぞって携帯を取り出し、見せしめの罰を写している。


「みなさま、ご協力お願いします」
 立川駅北口前に若い男性の声。登校途中の高校生たちが足を止めて、大きな野次馬の群れを作っている。
「今現在、東京の恋愛成就者人数が増加し続けている事態にあります。その全恋愛の中で八割が成就という事態。これは由々しき事態であります。そこで、我々千代に恋愛組合は失恋応援キャンペーンを行っています。我々は多くの恋愛成就を許しません。みなさまご協力お願いします」
 誠実そうな声を張り上げて、男性スタッフがダガー型のナイフを片手に立っていた。
 その横には、手足を縛られ、口を布で覆われた女性が涙を流して座っている。
「この女性は昨晩、あろうことか興味の無い、男性からの告白を、受け入れた……のです。遊び心に恋愛成就者を許す行為を、我々は許しません。なの……で、今から死刑に……」
 引きつった声で、震えた手で、男性スタッフは声を張り上げて、ナイフを振り上げた。女性が布越しに何かを叫んでいる。高校生たちが好奇心に満ちた目で見ている。
 振り落とされたナイフが女性の首へと刺さった。しかし、思った通りに切れないことに男性スタッフが焦り始める。女性は布越しに叫び声を上げ、目を強く閉じていた。
 ナイフは喉の奥へと刺さり、女性は時間をかけて痙攣しながら死んでいく。
 女性が死ぬ頃には高校生たちは消えていた。
 自身の恋人を殺した男性スタッフだけが、蒼白の顔で立っている。


「ご協力お願いしまーす」
 新宿駅、アルタ前。やる気のない女性の声。
「私たち政府はぁ、情に流された殺人がなくなるよーに、このように謝罪キャンペーンをしていまーす」
 女性スタッフが携帯を見ながら、誰かも届ける気がない声を出していた。
「……った。俺が、悪かった。本当に、本当に……殺すつもりは……」
 隣には、首から『私が友人を殺しました』とホワイトボードをかけた男が、涙を枯らした顔とナイフを片手に、正座している。
 それは心からの後悔と謝罪の声だった。繰り返される言葉は、それこそもう、届かない相手へ向けている。
 見せしめとして、これまでにない屈辱。
 しかし、通行人は誰一人として、そのキャンペーンに興味を示さないまま、通り過ぎて行く。
 

 

 

 

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〈 見せしめ 〉

〈 キャンペーン 〉

nina 5月-7月 日付別ワード一覧。

5月1日
〈いつもの場所〉が〈ごみ捨て場〉
#nina3word20170501
5月2日
〈瞼〉〈角〉〈蚕〉
#nina3word20170502
5月3日
〈裏返す〉〈困らす〉
#nina3word20170503
5月4日
〈誘導尋問〉
#nina3word20170504
5月5日
〈猫かぶり〉〈心積り〉
#nina3word20170505
5月6日
〈接吻〉〈美学〉〈感染〉
#nina3word20170506
5月7日
最初、または最後に〈おかえり〉
#nina3word20170507
5月8日
〈寝癖〉〈重症〉〈匂い〉
#nina3word20170508
5月9日
〈都市〉〈不治の病〉
#nina3word20170509
5月10日
〈迷子センター〉
#nina3word20170510
5月11日
〈固結び〉〈嘆く〉
#nina3word20170511
5月12日
〈傘立て〉〈ダンボール〉〈抉る〉
#nina3word20170512
5月13日
〈木漏れ日〉〈掠れ声〉〈哀れ〉〈晴れ舞台〉
#nina3word20170513
5月14日
口内炎〉〈躊躇い〉〈示し〉
#nina3word20170514
5月15日
〈合鍵〉〈手帳〉
#nina3word20170515
5月16日
プラシーボ効果
#nina3word20170516
5月17日
〈予定変更〉〈中途半端〉
#nina3word20170517
5月18日
〈ランドセル〉〈飼育係〉〈無秩序〉
#nina3word20170518
5月19日
〈色褪せた 筆談〉
#nina3word20170519
5月20日
葉緑体〉〈精神〉〈深海〉
#nina3word20170520
5月21日
〈回送列車〉〈星の砂〉
#nina3word20170521
5月22日
〈終点〉
#nina3word20170522
5月23日
〈口止め料〉〈砂糖菓子〉
#nina3word20170523
5月24日
〈いらない〉〈ひらり〉〈そのうち〉
#nina3word20170524
5月25日
〈せめて 許されるなら〉
作中で「せめて、許されるなら」を使ってください。
#nina3word20170525
5月26日
〈がま口財布〉〈間違い探し〉〈不釣り合い〉
#nina3word20170526
5月27日
〈診察券〉〈憂鬱〉
#nina3word20170527
5月28日
ファム・ファタール
#nina3word20170528
5月29日
〈万能薬〉〈慈しむ〉
#nina3word20170529
5月30日
オダマキ〉〈スパイス〉〈大気汚染〉
#nina3word20170530
5月31日
〈1滴〉から物語を始めてください。
#nina3word20170531
6月1日
〈逆光〉〈汽笛〉〈不憫〉
#nina3word20170601
6月2日
〈商店街〉〈妄想〉
#nina3word20170602
6月3日
必要十分条件
#nina3word20170603
6月4日
〈爪痕〉〈銃弾〉
#nina3word20170604
6月5日
〈翼〉〈狼〉〈塵〉
#nina3word20170605
6月6日
〈言葉の綾〉〈先見の明〉
#nina3word20170606
6月7日
〈球体〉〈愛憎〉〈無傷〉
#nina3word20170607
6月8日
〈鳩〉〈夕立〉〈絆創膏〉〈私利私欲〉
#nina3word20170608
6月9日
〈スフレ〉〈パニエ〉〈ピエタ
#nina3word20170609
6月10日
〈前夜〉〈消滅〉
#nina3word20170610
6月11日
〈血豆〉〈信条〉〈協会〉
#nina3word20170611
6月12日
〈地下鉄〉〈絶望〉
#nina3word20170612
6月13日
〈狂い咲き〉
#nina3word20170613
6月14日
〈最愛〉〈神々しい〉
#nina3word20170614
6月15日
〈道案内〉〈羽化〉〈汗〉
#nina3word20170615
6月16日
〈解凍〉〈解釈〉〈不可解〉
#nina3word20170616
6月17日
〈おいで〉が〈口癖〉の女の子。
#nina3word20170617
6月18日
〈息吹〉〈アセビ〉〈つかぬ間〉
#nina3word20170618
6月19日
〈玄関〉〈アーバンライフ〉〈ないがしろ〉
#nina3word20170619
6月20日
〈昼行灯〉〈先入観〉
#nina3word20170620
6月21日
〈無骨〉
#nina3word20170621
6月22日
ネオテニー〉〈夢幻〉
#nina3word20170622
6月23日
〈折りたたみ傘〉〈見上げる〉〈張り裂ける〉
#nina3word20170623
6月24日
〈敗退〉〈勇者〉〈煌めき〉
#nina3word20170624
6月25日
〈読み聞かせ〉てください。
#nina3word20170625
6月26日
〈輸送〉〈入念〉〈許す〉
#nina3word20170626
6月27日
〈改造〉〈応酬〉〈涙痕〉
#nina3word20170627
6月28日
〈安息〉〈燻製〉
#nina3word20170628
6月29日
ピーターパンシンドローム
#nina3word20170629
6月30日
〈特定不能〉〈幽鬼〉
#nina3word20170630
7月1日
〈バケツ〉〈あれ〉〈焦燥〉
#nina3word20170701
7月2日
〈かなづち〉〈ひときわ〉〈まばゆい〉
#nina3word20170702
7月3日
三つの〈都市伝説〉
#nina3word20170703
7月4日
〈常花〉〈英華〉〈プリムラ
#nina3word20170704
7月5日
〈指紋〉〈貨物船〉〈贖罪〉
#nina3word20170705
7月6日
〈繰り返し〉〈アルコール度数〉
#nina3word20170706
7月7日
〈神経衰弱〉
#nina3word20170707
7月8日
〈匂わせる〉〈小賢しい〉
#nina3word20170708
7月9日
〈閉店〉〈面影〉〈達者〉
#nina3word20170709
7月10日
〈密か〉〈億劫〉〈あやめ〉
#nina3word20170710
7月11日
〈似ている〉二人の〈アベック〉
#nina3word20170711
7月12日
〈蜂蜜〉〈嫉妬〉〈分泌〉
#nina3word20170712
7月13日
〈スタンダード〉〈ストーム〉〈スタンス〉
#nina3word20170713
7月14日
メアリー・スー〉〈子供だまし〉
#nina3word20170714
7月15日
相席屋
#nina3word20170715
7月16日
〈怪しからん〉〈心ばかり〉
#nina3word20170716
7月17日
〈ひらめ〉〈祝日〉〈容易い〉
#nina3word20170717
7月18日
〈後腐れ〉〈盲信〉〈有機酸〉
#nina3word20170718
7月19日
一回限りの〈転生〉
#nina3word20170719
7月20日
〈鉛〉〈規模〉〈違和感〉
#nina3word20170720
7月21日
〈哀れ〉〈まぐれ〉〈あかぎれ
#nina3word20170721
7月22日
〈王手〉〈チェックメイト
#nina3word20170722
7月23日
〈口語自由詩〉
#nina3word20170723
7月24日
フールプルーフ〉〈ホットプレート〉
#nina3word20170724
7月25日
〈先生〉〈迷宮〉〈瞬く〉
#nina3word20170725
7月26日
二枚貝〉〈笑窪〉〈深爪〉
#nina3word20170726
7月27日
〈くだらない〉と呟く男の子に〈そうだね〉と返す女の子。
#nina3word20170727
7月28日
〈雛鳥〉〈追加〉〈後押し〉
#nina3word20170728
7月29日
〈由緒〉〈回避〉〈泉下〉
#nina3word20170729
7月30日
〈メリット〉〈リミッター〉
#nina3word20170730
7月31日
〈遣らずの雨〉
#nina3word20170731

 

ティアレイン

 午後昼過ぎの暗雲の下で、私の小刻みな足音が小さくタンタンと、響いている。
 何処に向かってるかなんて目標はない。だけど、いつまでも走れる気がした。この町に嫌われている長い坂だって、このままずっと登れる。
 例え、デートのために整えた髪が乱れても。
 私は、逃げていた。
 触れたくない気持ち悪い何か。認識したくない腐りきったイチゴ? 振り下ろし続けるナイフを持った殺人鬼の手? 休日に幸福な夢から目が覚めて、もう一度眠りに落ちれば夢に戻れると信じる、子供の希望と不安。
 きっと、そんな恐怖……全てを詰め込んだ事実に、私は猫のように驚いて逃げてしまっている。
 だけど多分、そんな事実は私を追って来ない。追って来て、くれない。
 登り切った坂から町を見下ろす。足を止めた途端、息が上がっていることに気付いて、汗が滝みたいに頬を流れた。
 町はいつも以上に……まるでなにかに備えるように、静かで。
 火照った鼻の頭に、冷たい何かが落ちた。
 そして、ぽつ、ぽつと、アスファルトに水玉模様が出来ていく。
 劇的な雨。
 私は誘われるかのように、閉店してる雑貨屋の、黄色い屋根の中に入った。
 身体の熱気も、恐怖からの逃避感情も、雨に冷めていく。
 私は、取り返しのつかないことをした。
 汗と雨。身体から透明な雫がひたひたと落ちて、私の水玉模様を屋根の中に作っている。身体から少し、洗濯のにおいがする。
 雨のカーテン越しに貴方が心配になる。貴方は今、どうしているのかな。この雨の中、止まった時間の中で、まだ公園のベンチに座っているのかな。
 それは、それは私の……希望でしか、ないけれど。
 思い返せば貴方がベンチに座るまで、口を開く前から怖かった。なにか良くないことを告白しようとする、鼓動が高鳴る雰囲気。
 そしたら貴方、好きな子が出来たから別れよう、だなんて。
 私が大人になって、ちゃんと話し合えば良かった。我慢して悪い女になって、二股すればいいじゃないって惑わせば良かった。相手の子の名前を聞いて、それで……なんとでも出来たかもしれない。
 なのに私、頭が真っ白になって「わかった」としか言えなくて、とても怖くなって、それで……
 雨はの勢いは増していく。きっと、数分後には綺麗に晴れ上がる。
 その数分の間は私、後悔し続けないといけない。雨を理由に、言い訳に、貴方を探しには行けない。行かない。
 だって、この雨を言い訳にして憎らしいって思わないと、私はこの先、永遠に後悔し続けるから。
 もう貴方の元に、二度と帰れなくなってしまった。

 ああ、だけど、手を伸ばして濡れる指先の冷たさはまるで、私から流れる小さな雫みたい。

 

 

 

 


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〈 遣らずの雨 〉

 

駄目人間

 終電過ぎの駅には、くたびれた人間しか存在しない。
 それは駅前に設置された、小汚い喫煙所にも。取り残された奴、残ることを選んだ奴、これから家に帰る奴。疎らにしか立っていないこの喫煙所の人間は皆、平日の一日に殺されかけている。
 例外なく、残業上がりで家に帰るだけ俺だって、そうだ。
 とてもじゃないが、今は愛想笑いをする気も起きない。背筋を伸ばして歩くことも、空を見上げることも出来ないだろう。鞄に入れたイヤホンを取り出す気だって全く起きない。身体はくたくたに疲れて、骨の隅々が悲鳴を上げていた。
 煙草が最後の味と共に燃え尽きる。吸い殻を捨て、重たい足を自身の家へと向けた。
 家に帰れば、描きかけの油絵が待っている。仕事に向ける熱意や感情が趣味に向けるものと違っていたとしても、疲労は同じ身体へと積もっていく。そもそも趣味のために仕事をしているのだから、疲労に疲労を重ねているのも残酷だ。
 生きる上で、動き生活する上で、身体を駄目にしていくには限界がある。
 まず意思がリミッターとして働く。自意識がこれ以上疲れさせまいと何かと理由付けをして、根刮ぎやる気を奪っていく。皮肉なことに嫌われモノの怠惰が人を救うのだから、偽善者は息も自由に吸えない。意思を越えれば、最後に身体がリミッターとなり、自然と痛みで動けなくなっていく。
 それでも動こうというものならば、リミッターは壊れ、迎えるのは死だ。
 俺は、それでも構わないと思っている。
 気付けば家の玄関が目の前にあった。しかし、やっぱりそのドアは駅前の喫煙所のように小汚い。ドアの掃除なんて、優先順位で言えば親の顔を見に行く次ぐらいなのだから、仕方がないと言えば仕方がない。
 安っぽい鍵の音が響いて、ドアが開く。ただいまと言える相手なんて、このアトリエの絵たちぐらいだろう。
 鞄とジャケットを玄関に捨て、錆び付いた台所へと直行する。シャツの胸ポケットに入ったくしゃくしゃのソフトパッケージの煙草を取り出すと、くだらないことに残り一本だった。
 持たれかかって最後の一本を吹かし始める。徒歩八分のコンビニですら憂鬱になる、煙草が無ければ作業は捗らない。
 午後一時過ぎ。コンビニに行く事を含め、四時まで作業が出来るだろう。二時間寝て出勤。妥当だ。
 どんなに疲れても、あと三ヶ月ぐらい生きれたら良い。
 その三ヶ月を悔いなく過ごせたら死んでも構わない。
 そう考えれるのが俺のメリットで、可笑しいことに人間的デメリットだ。
 まるで駄目人間だが、それで数少ないであろう夜を惜しみなく過ごせるのであれば、それでいい。


 
 

 


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〈 メリット 〉
〈 リミッター 〉