kurayami.

暗黒という闇の淵から

海の日

 海の日。それは、この酷く蒸し暑い七月にうんざりする者たちの、仕事に疲れた一部の社会人の、固定休日が合わない恋人たちの……救済処置的祝日だ。
 私はこの全てに該当する。「今年は今まで一番暑い」だなんて年々よく聞くが、そんな文句も許されそうなほど、今年は暑かった。紫外線は容赦なく白い肌に刺さり、日焼け止め必須の外出。冷房の効きすぎた社内と、微妙に蒸し暑い廊下の温度差には具合が悪くなる。終いには、異常なまでの熱量は帰宅後の私の体力を根こそぎ奪い、娯楽に逃げることも許さない日常に変えていた。
 私が普段土日仕事で会えない恋人と会える、次の祝日。それを楽しみに思う感情が、疲労に壊れて自身見失わないための術。救済処置的祝日。
 だから、酷く楽しみにしていた。いや、勝手ながら過度な期待もして、寝る前には「あと何日かな」だなんて、乙女じみたことも考えた。
 そして前日の日曜日。私の家に恋人が泊まりに来た。「明日は何処に行こうか」だなんて、食事をしながら普段話さないような話題に盛り上がり、そんな些細な時間が私を幸福にする。
 しかし、それを幸福だと思うのは、翌日の祝日があってだからこそだ。
 翌日、朝。私が起きると、恋人は誰かと電話をしていた。
 嫌な予感が、私の中に浮かぶ。しかし、まさかそんな、祝日にそんなことがあり得るはずがない。許されるはずがない。
「本当にごめん。クライアントとの間でトラブルがあってさ……今日の埋め合わせは必ず、ごめん」
 などと、言っていた気がする。クライアントがどうの、埋め合わせがどうの、詰まる所、仕事が入ったのだ。
 だから恋人は、ひらめに、なってしまった。
 私が気に入っている真っ白なフローリングの上で、恋人が不自然に首を捻じ曲げて横になっている。見降ろしたとき頭を左にしないと、恋人の顔を真正面から見れない。だから、ひらめ。
 恋人がこうなってしまったのは、急な仕事の電話と、私の過度な期待のせいだ。そして私に殺人を勧めたのは、間違いなくこの蒸し暑さ。
 まず、殺してしまった、もう恋人と話せないという後悔が脳裏に浮かんだ。しかしそれも一瞬で、次にはどうやって隠すべきかと、自身でも驚くほど冷静な思考になった。
 隠すことはきっと容易いだろう。何故なら今日は祝日だからだ。時間ならたっぷりある。暑いのを我慢して、この奇怪な恋人のひらめ遺体を山の中にでも隠せばいい。
 だがしかし、容易いという事実は、私の苦悩を拭い去るモノではない。
 私が何より気掛かりなのは、今日という祝日が潰れてしまうこと。次の祝日、山の日まで半月以上もあるじゃないか。私はこの猛暑の中、これ以上自身を保ち続ける自信なんてもうない。
 ああ、そうだ。ひらめ、恋人はひらめになったのだ。それなら、山よりも海の方が良いだろう。
 そのついでに海水浴でもしようか。
 何故なら、今日は祝日、海の日なのだから。
 
 

 

 


nina_three_word.

〈 ひらめ 〉
〈 祝日 〉
〈 容易い 〉