「お前は本当に、怪しからん奴だな」
溜息をついた女が、写真を片手にそう言った。
書斎のような部屋に、机を挟んで女と男が座っていた。
「何遍言ったらわかるんだ。無駄に散らかすな、と」
男にとっての常連の依頼主、女……カナシマが写真を机の上に放り投げた。
写真には、腹を切り裂かれた男女の遺体が写し出されている。
「いやあ、一応確かめないといけないわけですからねえ。もし、間違って殺してたら大変じゃないですか。そうなったら殺し直しですよ、へへ」
カナシマが依頼した殺害屋、男……ニシニが手をハエのように擦り合わせそう言った。
「……これも何遍も言ったことだが、身体の中身を取り出す必要はないんだ。お前仮にもプロだろ、こんな目立つ殺し方しちゃダメだろ」
目を細めたカナシマが、声を低めて言う。
「へへへ、いや、こればかりは、どうしてもクセで。何よりプロだからこそ、安全確実にターゲットの臓器を見て確かめないといけないんですよ。へへ」
ニヤニヤ顔の癖もそのままに、ニシニがそう言った。
「そんな不機嫌そうな顔をしないでください、お嬢様。結局そうは言っても、このニシニ以外に依頼出来る相手なんて、もうお嬢様にはいないんですから」
「何故、そう思うんだ」
カナシマが手を組んで聞いた。
「理由は三つです。一つ目は、これまでに殺してきた男たちの共通点に、ニシニが気付いているから。二つ目、ニシニの親切な値段設定。三つ目は、ニシニがお嬢様のお気に入りだからです。……へへ、なんだか照れちゃいますね」
鼻の穴を人差し指で掻くニシニの言葉に、カナシマは目を閉じた。
「そうか。まあ、強いて言うならその三つの内、一つしか正解してないのだが。そうか、気付いていたのか」
「へへ、ニシニは頭が良いので」
相変わらずのニヤニヤ顔のニシニ。しかし、その目は笑っていなかった。
「ふん。気付いているなら、もう構わないか。頼む予定だったターゲットのリストを、まとめて送ろう。まあ、そっちの方がお前も都合良いだろう」
カナシマが、リストをニシニに渡す。
「ええ、こっちの方がありがてぇです。こんなリスト、本来なら人に渡すのもおぞましいでしょ」
「いや。いや、いいんだ。もう殺しを頼むぐらいだからな、恥も無い。ああ、次にそのニヤニヤ顔を見るのは、彼らが全員死んだときか」
「そうですねえ、どうでしょう。寂しいんですかい?」
ニシニの言葉に、カナシマは微笑んで首を振った。
連なる男の名前と、対になるように並ぶ女の名前。
そのリストは、とある女の失恋記録。
ニシニにリストが渡されて、二度目の春を迎えた、一年と少しが経った頃。カナシマの家に大きめの段ボールが、手紙と共に冷凍配達で届いた。
それは殺害屋ニシニからの贈り物。
『心ばかりですが、心ばっかりですが、お嬢様が昔欲しがっていた心です。よければどうぞ。』
中にはターゲットだった男たちの、心臓と脳が、ごろごろと入っていた。
『追伸 どっちに心があるんでしょうか。わからないので二つとも入れておきました。』
カナシマを手紙を置いて、ニシニのニヤニヤ顔を思い出し溜息をつく。
「本当に、怪しからん奴だ」
ニシニは笑みを浮かべながらそう言って、過去の男たちの心に、優しく指先で触れていた。
nina_three_word.
〈 心ばかり 〉
〈 怪しからん 〉