貧しいから、食べるものが無くなったから、お父さんがパチンコでお金を使ってきたから。そんな理由はあるようでなくて、顔を赤くしたお父さんが「お前が生きてるだけで俺は死んでしまう」って言ってしまえば、それが全部。
食卓に夕飯が並ぶ頃の時間。私はこの三階建てのアパートの、一番高いベランダから落とされた。
うつ伏せに転がった私の視界に広がるのは、手入れのされていない雑木林と、一階の誰も住んでいない黒くて空っぽの部屋とベランダだけ。
身体は全く動かなかった。首と左肩だけが辛うじて動くけど、こんな人気のない地べたじゃ意味がない。助けを呼ぼうにも、声を出す気力なんてどこにもなかった。
身体全身が、内側が外側が、とても、痛い。
洋服は血と砂まみれでベタベタざらざらして、首に小さな虫が這っていて、気持ち悪い。
お父さんに突き放された事実、痛みと疲れと嫌悪感。生きるもの死ぬものどうでもよくなって、何も考えたくないと思えてしまう。
だけど、そうは思っても、幸福と快楽を除く全ての感情が、私の中でぐるぐると渦巻いて打ち消すことに飢えている。
私は夜の暗闇の中で、人知れず、涙を流している。
目に見える、私が暮らしていた部屋以外の、最後の部屋の明かりが消えた。最上階三階の、お父さんが付けっ放しにした明かりはこの地べたには届かない。
このままきっと誰にも見つからない、そう諦めた私は、目を閉じる事にした。眠ってしまえば、起きたときに全部無かったことになってるかもしれない、そう思ったから。
眠るように意識を瞼に集中していたとき、ふと、背中に何か、違和感を感じた。
何かが、いる。
生き物のように、大きなソレは揺れていた。視界をできる限り上へと向けると、何か獣のようなのシルエットが見える。
ソレは口に銜えていたものを、私の顔の前に落とした。柔らかい物が落ちる音からして、何かの肉だ。少し酸っぱい臭いがする。
ああ、私を子供か何かと、勘違いしているのかもしれない。
少し、少しだけ迷って私は、空腹に、口に何か入れたい気持ちが勝って、左肩を使って地面を這い、その肉に食らいついた。
臭い通りの、酸っぱい味。舌が少しひりひりする。食感からして鶏肉だ、それも料理されて時間が経ったもの。どこか、ごみ捨て場から拾ってきたんだ。
けど、それなのに、私の口は食べることを止めない。喉が渇くのもお構いなしに、その腐った食料を食べ続ける。
気付けば私の周りにソレが、三体に増えていた。大きな身体を這って動かし、私の周りを蠢いている。
次々と口に銜えていた腐ったモノを、私の前へと落としていく。
徐々に暗闇に慣れていった私の目に、その姿は見えた。赤い肌に黄色い染みが広がった……人の“子供”のような顔をした、蛇。
その子供の顔をした蛇は、一階の〈誰かが空っぽにしたベランダ〉に、複数体いた。
ああ……君たちも、私と同じなんだね。
身体はもう、どこも痛くなかった、あんなに気持ち悪いと思っていた肌触りも気にならなくなっていた。ただただ飢えていた空腹が満たされた。
私の身体は生き絶えて、あの子たちのように癒えていたから。
nina_three_word.
〈 癒える 〉
〈 饐える 〉
〈 銜える 〉