kurayami.

暗黒という闇の淵から

リキッド

 余ってしまった金曜午後の時間を潰すため、少年は街へと出掛けていた。大通りは既にもう、平日最終日の雰囲気を漂わせている。賑わう人混みを避けるために裏路地へと少年は逃げ込んだ。
 このまま見知らぬ街の顔を知るのも良いと、奥へ奥へ。蔦に塗れた団地を横切り、ひとりでに揺れる遊具ある公園の中を少年は通って行く。知っているという安心感と人の気配から徐々にかけ離れていく様は、まるで蛇に飲み込まれていくようだった。
 更に奥へ。そう一歩を踏み出そうとした時、灰色の建物が少年の目に入る。コンクリートで出来た縦長の長方形、どうやらそれは何かの店のようだった。少年が気になった点は飾りも看板もない為か、ぽっかりと空いた入り口への好奇心を抱いてしまったためか。魅入った少年は罠に吸い寄せられるように、綺麗な丸窓を覗き込む。
 店内は薄暗かった。覗き込んだ窓の近くには、瓶に入った色付きの液体が置かれて陽の光に透かされている。奥のショーケースには、同じような瓶が並んでいた。
 あれはなんだろう。当然の好奇心が少年を動かし、ゆっくりと店内へと入っていく。薄暗い店内はコンクリートで建てられているためか、酷く冷えていた。ショーケースの中には液体の入った瓶が並び、ライトアップされている。
 向こう側ではエンジ色のシャツに黒いベストを着用した、店主らしい若い男が静かに……退屈そうに座っていた。
「いらっしゃいませ」
 木製の椅子を鳴らして、店主が猫撫で声で少年を招き入れる。まるで害の無い声に安心のした少年はショーケースへと近付いて覗き込んだ。中には黄色から無色と、様々な液体が瓶に入って置かれていた。
「あの、あの。ここは……何屋さんですか」
 顔を上げて訪ねてきた少年に、店主はクスッと笑って答える。
「そうだね……じゃあ〈分泌屋〉とでも言っておこうか」
 聞きなれない言葉に少年が首を傾げる。
「えっと」
「んーなら、例えば」
 店主は近くにあった瓶を取り出して、ショーケースの上へ置いた。
 中には濁った水色の液体が溜まっている。
「これはね、とある少女が十代最後に流した〈涙〉を溜め込んだモノなんだ」
 店主の言っていることが理解出来ず、少年は間を空け、そして言葉を飲み込み、やっと店の異常性を知った。しかし、それでも逃げ出さないのは、目の前に置かれた瓶の不思議な魅力に取り込まれてしまったから。
 少年が見つめる涙の瓶の横に、店主が黒ずんだ紅い液体の瓶を置く。
「そしてこっちは、孤独死した美女の〈血〉」
 黒く、重く、それでいて紅の美しさを瓶の中に残している。少年は自身が説明することの出来ない美しさに、気を取られていた。
「どうかな、気に入ってくれた?」
 店主の男は少年を見て、不敵な笑みを漏らす。
 その夢中になって瓶を見つめる若い瞳に、自身と同じ性癖を感じ取って。


 夕暮れの帰り道。少年の腕の中には、水色の瓶が大切そうに抱え込まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

nina_three_word.

〈 ショーケース 〉