kurayami.

暗黒という闇の淵から

食道

 私が名古屋に来たのは三回目。出張で言うなら二回目。だから名駅に来た時の過ごし方もなんとなくわかるし、泊まるホテルだって迷わずに選ぶことができる。
 まあ、そうは言っても、今回もいつもカプセルホテルなんだけれど。
 懐かしいようで慣れてしまった乗り換えを繰り返して、私は名駅から隣の隣ぐらいの駅へ移動する。職場で定時を終え次第真っ直ぐ来たということもあって身体はへとへとで、何処かへと寄り道する気も起きないままホテルへと直行した。早いとこ身体を休めてしまいたい。一時間近くマッサージチェアに身を預けてしまいたい。
 そのカプセルホテルは女性専用ということ、なにより格安なこと、アロマが効いたよくわからないサウナを売りにしていた。つまり似たような女性ばっか集まる。私みたいなケチ臭くて、それでいてよくわからないサウナを求めるようなOLとか。
 だから……初めにその人を見た時は、とても意外に思った。
 受付のフロントからふわっと離れていく、白いコートに袖を通したアッシュグレーの髪色をした、小柄なお姉さん。
 一瞬だけ見えた横顔が小さなりんごみたいで、少しだけ欲しい……だなんて思って、ハッとする。一瞬イケない感情を抱いていたことが恥ずかしくなって私はすぐに受付を済ませた。でも慣れた手付きの中でもりんごみたいな可愛らしい顔を忘れられなくて。
 いつも通りの四階のフロア。今回は割と手前の部屋だった。小さな鉢の巣のような穴の奥に荷物を預けて一息つく。外に出掛ける気も起きないから、食事は店売にあったカップラーメンで済まることにした。こういう普段とは違う場所で食べるカップ麺は極端にすごく美味しいか、味がしないかのどっちか。今は後者だった。
 お風呂に入っている間も、あのお姉さんの姿を探してしまっている。こんな、こんな感情は初めてで、でも踏み入れたいとは思わなかった。あまりにも危険過ぎる。このままお姉さんが見つからなければいい。私が〈普通〉に帰れなくなってしまう前に。
 髪を乾かして、喫煙所で一服する頃には夜の十二時近かった。他の利用者はすっかり寝静まっていて、まるでこのフロアには誰もいないみたい。
 寝ようと自室に入ろうとしたとき、奥の方で白いモノがヒラっと動いたのが見えた。よく目を凝らせば受付で見たあのお姉さんで、こちらを見ている。そしてこっちへ来ないの? とでも言うかの素振りで、身を動かしていた。
 行けば帰れなくなるのが直感でわかった。けれど、呼ばれているのなら、呼ばれているのだから気になる。だから行く。決して下心があってのわけじゃ、ない。だから大丈夫。
 そう、これはちょっとした冒険。
 私は誘われるがまま、鉢の巣が並ぶ壁の先へと吸い込まれていく。お姉さんの〈部屋〉は一番端にあるらしい。部屋の中から手を出して招いている。暗い廊下の中でお姉さんの穴だけが光っているように見えた。
 ふらふらと眩暈を起こすように、招く部屋の前へと辿り着く。この中にお姉さんがいる……やっと話せる。そう、これはただの興味だ。決して恋なんかじゃない。
 そーっと、緊張に痺れながらも中を覗いた。するとそこにはカプセルホテルらしい部屋はなく、何故か真っ赤な壁がずっと奥の方まで続いている。
 それが分泌液に塗れた肉壁だと気付いた頃には、私は白く綺麗で、そしてやけに長い腕によって引きずり込まれていた。

 

 

 

 

 

 

nina_three_word.
〈 カプセルホテル 〉
〈 アバンチュール 〉