別れて以来、久々に彼と連絡を取った。二年ぶりぐらいに。
『久しぶり、元気だった?』
なんてことのない彼の返事。私は淡々と返し続けて、固まっていた想いが解れて、どろどろに溶けていくのがわかった。ああ、良かった。電気の消えた十二月の自室は、窓から伸びる眩しい陽射しで明暗に分かれて存在している。伸びた白い脚が温度に触れていて、暗闇の中で床に携帯を持った手を落としている私は、酷く冷えていた。
どろどろに溶けた想いの中に、まだあの頃の感情が残っていたみたいで。そして露出してしまったそれは、行き場を失っている。彼との他愛のないやり取り。後ろめたさを感じない彼の返事。言葉。態度。ああ。
私やっぱり、彼に忘れ去られていた。
彼の中に、私への想いはもう、ない。こうして数年経ってから連絡することは、あの日、別れたあの日に決めたことだった。私を覚えているかの嫌らしい確認。ううん、どうせ忘れっぽい彼のことだから。忘れているだろうと思ったから。だから……決めていたことだったけれど、いざ失ってしまうと、やり場のない暗闇だけが何処か浮いている。自身の価値を疑ってしまったり、過去の否定と解釈してしまったり。縋るように想っていた彼と連絡を取ってしまった私には、〈過ぎたことだから〉と強がることも出来ない。これで良いはずなのに。
忘れ去られてしまったことは、正解だった。もちろんどうしようもなく哀しいことだけれど、私になんて囚われていても仕方がないことだし、彼にとって私なんて、そんなものでしょう。何より……これで良かったんだ。
もうあの頃がないことが、どれほど、都合の良いことか。
何もないってわかっていた方が、気が楽だ。「もしかしたら」なんて考えるだけ意味がないのに、どうしても根底に潜んでしまう。復縁のような希望を持つんじゃなくて、夢を描いてしまうんだ。私の中の明るい未来には彼がいてしまう。理想が彼だけになってしまう。だから。彼の中から私がいなくなることは。だから。彼が忘れっぽいことのついでに私を忘れてしまうことは、都合が良いから。だから。だから。
窓から射し込む陽射しは、私の元まで伸びるどころか、今はつま先を暖めるだけだった。寒い。冷たい。でも寂しいだなんて想えば、私は壊れてしまう。「都合が良い」とニヒルに微笑んで、大人にならないと。
誰しもが何かを忘れて、生きている。当然のこと。
だから。冷たさの中で瞳を枯らす必要、なんて。
ni℃
〈 アムネシア 〉