kurayami.

暗黒という闇の淵から

グレーボーイ/カラーガール

 ハイカラ少年は今日も愛されている。
 街の住人に、学友たちに、家族から偉い人にまで。
 ハイカラ少年の姿形服装は一線を凌牙している。
 不可思議で妙な服装を誰もが見たことないと評価していた。
 ハイカラ少年は常識の色に囚われない。
 落ち着いた色の街の中、刺激的な色は目立っていた。
 ハイカラ少年は明日も注目されている。
 次はどんな服装を見せるのかと、街の住人に期待されていた。
 ハイカラ少年は優れた才能だと噂が飛び交う。
 稀に見るハイセンスだと歌われて羨ましがられて。
 ハイカラ少年は幸せそうにしている。
 独りつまらなかった過去が嘘だったかのように。
 ハイカラ少年の側には美しい少女が常にいる。
 黒髪姫カットのタエと呼ばれる少女だった。
 ハイカラ少年は少女を信仰するように慕っている。
 何故なら二人には誰にも言えない秘密があったから。
 ハイカラ少年にとって少女は秘密の飼い主。
 彼にとってタエが言うことは絶対服従だった。
 ハイカラ少年誕生の日は少女と出会った時。
 それは彼が孤独だった最後の時、その翌日のことだった。
 ハイカラ少年の姿形服装は全て少女の言葉通り。
「私の言う通りにすれば大丈夫よ」
 ハイカラ少年は少女の言葉に従い続けている。
「タエが言うならきっと大丈夫なのでしょう」
 ハイカラ少年ずっと何者でもなかったから。
 〈ハイカラショウネン〉を与えたタエに少年は感謝していた。
 妙な少女は不器用な少年を気に入っている。
 真っ白な自由帳を手に入れたかのようにはしゃいでいた。
 妙な少女は何処からともなく出すのは不可思議な道具。
 この時代には存在しないはずのアイテムを少年に与えた。
 妙な少女の正体を少年は知ることはできない。
 誰に言っても信じてくれないだろうからとクスクス。
 妙な少女は自分の好きなように少年を変えてみせる。
 姿形が変わる度に、少年は街の住人から評価をされていった。
 妙な少女は自分が評価されるようで心地良い。
 何より言いなりになる少年が可愛くて仕方がなかった。
 妙な少女にとって少年は自分だけのモノ。
 少年の絶対服従信仰の姿勢がその証拠だった。
 妙な少女は可愛いペットに満足している。
 しかし日常的に続いたタエの満足にヒビが入った。
 妙な少女は愛されていく少年をつまらないと感じて。
 愛され続ける少年がまるでみんなのモノのようだった。
 妙な少女は頬を膨らませて退屈になる。
 そこにいる少年は私だけのモノという主張は届かない。
 妙な少女は拗ねて少年に何も与えない。
 徐々に〈ハイカラショウネン〉は色褪せていった。
 妙な少女は不貞腐れが止まらないまま。
 評価も期待も奪われていき、誰しもが少年に飽きていった。
 妙な少女は明後日の方向を見て舌を出す。
 飽きられた少年は一昨日の姿へと真っ逆さま。
 妙な少女は飽きたオモチャを捨てて消えていく。
 灰殻となった少年を置いたまま。

 
 

 

 

 

 

nina_three_word.
〈 妙 〉
〈 灰殻 〉
麒麟児 〉

拗らせた有給

 貴重な有給を取ったというのに、俺は部屋のソファに座り込んだまま動けなくなっている。目に見えるモノは少し大型のテレビ、読んでない小説が詰まった本棚、昨日脱ぎ捨てたストール。机の上には、シンプルなフレームの中には俺と『あゆみ』の写真が飾られていた。
 窓から差し込んだ陽が弱くなり始め、外の風景が灰色になっていく。
 怠惰だった。起きてすぐ私服に着替えて何処へだって行けるというのに、陽頼りの部屋の明るさの中で動けない。テレビを見る気も、本を読む気も起きなかった。ああ、わかっている、一人で何かをする気なんて無いってことは。この部屋に俺一人しかいないのは紛れも無い事実だ。
 日常から欠落したものに順応出来ないまま日は幾つも過ぎた。紅葉を見ないまま冬は街に定着して、一瞬だけハロウィンが賑わってたっけ。少し遠い過去にだけど、それらのイベントは彼女と歩むことを夢想していたはずだった。だからってわけじゃないけど、いやだからなのか、俺は一人で日常を過ごせなていない。
 紛れもないはずの事実に俺は気付けなかった。いつか帰ってくるだろうって呑気な考えがあったのかもしれない。そんな悲劇が現実であるはずがない。しかし一人で過ごした長い時間はどうしようもなくカレンダーを消費して、俺を孤独だと証明している。
 空いた左側のスペースが虚しい。このソファで長いこと二人で過ごしてきたんだ。一緒に映画を見て、意味もなく抱き合って時間を過ごしていた。この家での生活の中心は此処だったのに、何故俺は今一人なんだろうか。『あゆみ』がこのまま帰って来ないという事実はいつになったら飲み込めるのだろうか。
 ソファに深く沈んだまま、立ち上がれなかった。
 時間は刻々と過ぎていく。少なくとも並んで座ることは、もう許されないんだろうな。帰って来ないってことをわかっていても、待ってしまうほど好きだけど、わざわざ諦めないといけないだなんて悔しいことだ。
 再び陽が窓から差し込む。今みたいに突然部屋が優しく明るくなる景色を、前に見た気がする。ああ、そうだ。一人早く起きて、電気もつけずに曇り空をソファから見ていた時。『あゆみ』が眠そうな顔をして起きてきて、陽が差し込んだあの時だ。何故だかいつもより愛おしくなってしまって、抱きしめて二人の休日を始めたあの日。
 このソファで思い出すことが無くなるまで、俺は諦めることは出来そうになかった。
 失った恋人への執着だなんて、拗らせる程に解けることはない。
 
 

 

 


nian_three_word.
〈 ほどける 〉
〈 あゆみ 〉
〈 ソファ 〉

 

独裁者のお終い

 貴方には何度言っても駄目ね。
「もう知らないわ、勝手にして」「怒るよ」「さようならする?」「私、不幸になるつもりはないの」「いい加減にしてよ」「馬鹿じゃないの」「本気で言ってるなら一緒には居れない」「居なくなっちゃえばいいのに」「次は無いって言ったよね」「帰ってよ、目の前から消えて」「もういい、知らない」
 もう、もう、もう……何度も繰り返し呟いてきた。
 嫌な事があるたびに、私は貴方に脅しと駆け引きをしてきたの。それがズルいってことはわかってる。正しく無いことも、子供っぽいことも。だけどそうでもしないと貴方がわかってくれないと思って。これが私なりのアプローチで、私なりの愛し方だから。もう知っているでしょう?
 だけど貴方ってば、私がどんなに突き放す言葉を並べても全く危機感を持ってくれない。振り絞って出したどんな言葉も、全部「わかってるよ」の顔をしてニヤついて受け入れてしまうもの。
 本当にズルいのは貴方の方ね。
 私が離れようにも離れられないことを、知っているから。
 余裕な顔。とても貴方らしいと思うわ。そして大きな魅力だとも思う。何事も慌てない……心配させない。先を見透かしてる。だからこそ大胆な素振りをしていて、側にいて安心できるの。そんな貴方が好きで……大好きだった。
「もう、お終いにしようか」
 私の言葉に、貴方はいつも通りの顔をする。余裕そうね、本当に貴方らしいわ。もはやその頭にあるのは〈離れられないこと〉じゃなくて〈いつも通りの突き放し〉なんでしょう。余裕が油断になっていることも知らないで。
 私ね、いい加減ソレが寂しいの。貴方の余裕で貴方だけが有利になって、手の平で私が踊るだけの現状がとても寂しい。私たちの恋愛が貴方だけの舞台になっているじゃない。なのに貴方は、本当の私を実のところわかっていないのよ。
 ねえ私、本当は貴方を独占したかった。大切に愛を与え続けるから、私のために一生踊って欲しかった。
 でもその願いは叶わないみたい。哀しいことに貴方も独裁者だから。きっと〈離れられないか弱い私〉しか見えてないんだよね。それがとても残念で哀しい。もう、終わらすしかないから。
 お互い独裁者だけど「二人でもっと幸せになりたかった」……なんて言ったら、貴方は笑うのかしら。
 そしてやっぱり、貴方は最後の最後まで気付いてくれないのかしら。
 私がまだ、貴方がいつも通り「わかってるよ」の顔で見透かしてくれるじゃないかって希望を持っていても、笑わないで欲しいな。

 

 

 

 

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〈 突き放す言葉 〉を並べても結局〈 あなたらしい 〉

オーバーレイン

 今から三百年程前の話。そして、医学というものが存在しない過去世界でのこと。治療者が居ないがため世には病が蔓延していた。女は内臓を焼かれるような痛みに襲われ、男は骨が崩れるような苦しみに見舞われている。子供は目眩と幻覚に囚われて、老人は自覚と言葉を失っていた。人々は救済を許されることもなく、ただひたすら、病に侵されている。
 ある一日を、除いて。
 旧暦五月五日。薬日と呼ばれる一年に一度のその日を、世界中の誰しもが待ち望んでいた。恐らく子の出産よりも、恋人との再会よりも何よりも。人々が仕事を放棄して何もしない日。
 それは、病からの脱獄出来る唯一の手段。
〈五月五日薬日午後。薬降る〉
 遥か昔から、太陽と月のように存在していた。どんなに晴れていても、必ず五月五日午後には大雨が降る。それも、ただの雨ではない。
 口に含めばどんな病をも治癒する、神の雨水。
 雨水は女の内臓を鎮火するように優しく癒す。男の骨を元の質量に再生させる。子供の眼球から涙と共に揺れる幻を洗い流す。老人は生き返るように意思を取り戻す。
 病はその日に全て、リセットされる。
 まさに神の祝福。雨が降り注ぐ間、口に含めば誰しもが苦しみから解放された。どんな苦しみも人々が望めば望むだけ解放されていく。例えそれが、気の病でも。
 故に欲を暴走させ、頬張るように飲みだす者もいた。
 無限の救いは欲を乱す。朦朧とする病の中で孕み生まれた憂鬱、狂気、哀愁、憤怒。それらの内なる脳に秘めた気の病すらも、雨水は洗い流し治癒する。ただし、洗い流すだけだ。消失された苦悩の穴はぼっかりと空いたまま、代わりで埋まることはない。それでも解放を望み頬張る者たちは雨水を飲み続けていく。そして虚無となった空いた穴の苦悩すらも、雨水を頼りに埋めていた。
 雨水は中毒となり、苦悩を掻き消し続けることを止めれない。
 解放を続けた末路。頬張る者たちは自ら養分を食らって木垂る枝のように衰弱していく。辿り着いた先は生からの、世界と身体に縛られることからの解放。しかし衰弱しても、頬張る者たちは誰しもが安らぎの表情を浮かべていた。正真正銘の苦の無。雨溜まりの中で訪れる死を、怖がる者など誰もいない。
 それが今から三百年前。
 今現在に繋がった多くの世界の中の、ある物語。
 西暦となって医学が何処からともなく生まれ、人々は一年に一度の雨に縋る必要はなくなった。病にはそれぞれ治し方があって治療者がいる。
 しかし、今でも、消失した〈五月五日薬日午後。薬降る〉は、いつかの六月の午後に降り注いでいると言われている。
 密かに頬張る者を、雨雲の下に招いて。

 

 

 

 

 


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〈 頬張る 〉
〈 薬降る 〉
〈 木垂る 〉

セイに陶酔していた

 時間にして多分、午後二時過ぎぐらいか。部屋が遮光カーテンによって暗闇に閉ざされているからわからない。頼りになるのは僕の眠気と怠さ。朝からずっと動いていないけれど、この少しだけ休みたくなる怠さは午後三時っぽい。二十二年間の経験がそう言っている。
 今日、この部屋は陽の光に干渉していなかった。だから十月昼間の微妙な陽の暖かさも皆無で、ずっと冷たいまま。僕の裸足のつま先は「感覚が無い」に近くて遠くて寒くて、グラスの中にバラバラと入った葡萄たちは丁度良い温度を保っている。言ってもこれも朝から出しっ放しだから、ぬるくてぐちゃってて「美味しい」とはかけ離れたモノになっていた。
 葡萄を一つ取り出して、皮も剥かず口の中に放り入れる。
 残り三コ。
 降ろされた歯によって皮が口の中で破けて、果汁が口の中に漏れるように広がった。柔く、噛むごとにバラバラになってぐちゃぐちゃになっていく。果汁と混ざって味が無くなるまで、僕の口の中で踊っていた。
 役目を終えた葡萄を確かに喉の底へ飲み込む。こうして長く噛んだ間、時間はどれぐらい経ったんだろう。いっそのこと残りの葡萄を全部口に入れてしまうのも有りだなと思って、いやそれじゃあ意味が無いだろと考え直す。
 部屋をうろうろと回って、遮光された窓の方を見た。隙間から微かな光が、黄色く輝いている。ああ、どんなに、どんなに抑えても延びる光からは逃れられそうにないな。やっぱり駄目なのかもしれない。
 光を〈世界の歩幅に合わせることの象徴〉として見始めたのは、いつからだったか。
 歩幅を合わせられない僕からすれば、元々好みではなかった。昼間は憂鬱だ。大半の人が平気な顔をして生活をしてる、間違っているのは〈大半以外の人間〉だって顔をして。歩幅の合わない人間はどんどん置いていくじゃないか。陽の光は優しいって誰かが言ってただろう。
 その分、夜は自由で良い。歩幅が合わない時間を選ばない人間が集まるから居心地が良いんだ。しかし楽に呼吸が出来ても生き残れるわけじゃない。歩幅を乱して歩き続けれるのは強者だけだ。
 結局、弱い人間は生き残れない。陽の光すら毒になる。
 世界は……思考する最中、グラスに入れた指が空を掴んだ。いつの間にか全て食べ終えていたらしい。ああ、もう。もうなのか。意外と早いと思ったけど、カーテンの隙間からは赤い光が差し込んでいる。
 そんな時間か。本当に早いなあ。
 僕は予め用意していた椅子に登って、灯具のヒモで作った輪っかに首を突っ込む。どうせ生きれないのならと思って、葡萄の数を余命にしたんだ。それで何が変わったかって言うと、改めてこの世界で生きれないなって諦めがついたぐらいで。もしかしたら生き続けれるんじゃないかって希望も探したんだけど。
 ううん、陽が沈む前に、この椅子を蹴っ飛ばしてしまおう。

 

 

 

 

 


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〈 葡萄 〉
〈 遮光 〉
〈 灯具 〉

 

融合人間キメラ

 鈍い音が廃墟の地下室に響き渡る。よく見れば彼が振り下ろした鉈は、死体の足を切断しきれなかった。ああ、彼の作品性で言えば、一撃で切断出来ないのはまずい。ぐちゃぐちゃになった皮膚と切断面は使い物にならないから。再び鉈が振り下ろされて、高い金属音が響き渡る。良かったね、今度は綺麗に切断出来たみたいだ。
 地下室に唯一取り付けられた青白いライトが、彼を照らしている。
 細くヒョロい身体。特徴の無い平凡な顔。それらに返り血。
 ここには私と彼と、数々の未完成の作品だけ。
 私と同じ大学に通う彼は、周りからはカーディガンの萌え袖がよく似合う気さくな男の子でしかない。近くにいたら必ずご飯に誘われるような、害のない子。かと言って彼氏にするのには、何処か物足りないと言われてしまう男の子。癖でよく「へへ」と笑っている。
 そんな彼の〈化けの皮〉を一度剥がせば、芸術性を求めた殺人鬼が顔を出す。
 彼が追求するものは〈融合人間〉だ。身体を覆う肌は人によって色も質も違う。浅黒い肌があれば真っ白で黒子が似合う肌もあって、毛穴が目立ったり滑らかだったり傷がある肌もある。彼は個性ある肌を絵の具のように見て、複数の人間を殺し、縫い合わせて〈一人〉を組み立てていた。
 彼だけの創作性を含んだ、オリジナルの〈融合人間〉。普段被った気さくな男の子の皮を良いことに、彼は田舎町で人間を殺し続けていた。下半身を目的に狙うのならば心臓を刺せばいいけど、上半身狙いとなると殺し方に工夫がいる。締殺、毒殺と一手間がかかる。しかし、それでも彼は融合人間を求め続けて、健気にも殺している。
 そう、とても健気なのだ。その〈化け物の皮〉を剥げば、とても。
 縫い合わす技術から見れるように、彼は手先が器用なんだ。ちょっと縫い間違えただけで、ため息をついて縫い直す。繊細なんだ。実は人の言葉に一喜一憂しているし、私には弱音を吐いて抱きついて甘える。気さくな男の子でもなくて、殺人鬼でもない彼の正体を知っているのは私だけだ。
 秘密への優越感もあるけど、彼が心から可愛らしくて愛おしい。
 繰り返すけれど、彼はとても繊細だ。故に人間をいとも容易く見透かす。殺す相手も選べるし、殺すことが出来る。
 だから彼は私を……私という人間の裏側を見透かしているんだろうと思う。
 コピーにコピーを繰り返し続けて、私の心が〈誰か〉の継ぎ接ぎで造られていることを。
 私がオリジナルでは無いってこと、その繊細と狂気の眼差しで見透かして、側にいることを許してくれている。

 私たちお似合いだね。

 

 

 



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〈 化けの皮 〉
〈 裏側 〉

リキッド

 余ってしまった金曜午後の時間を潰すため、少年は街へと出掛けていた。大通りは既にもう、平日最終日の雰囲気を漂わせている。賑わう人混みを避けるために裏路地へと少年は逃げ込んだ。
 このまま見知らぬ街の顔を知るのも良いと、奥へ奥へ。蔦に塗れた団地を横切り、ひとりでに揺れる遊具ある公園の中を少年は通って行く。知っているという安心感と人の気配から徐々にかけ離れていく様は、まるで蛇に飲み込まれていくようだった。
 更に奥へ。そう一歩を踏み出そうとした時、灰色の建物が少年の目に入る。コンクリートで出来た縦長の長方形、どうやらそれは何かの店のようだった。少年が気になった点は飾りも看板もない為か、ぽっかりと空いた入り口への好奇心を抱いてしまったためか。魅入った少年は罠に吸い寄せられるように、綺麗な丸窓を覗き込む。
 店内は薄暗かった。覗き込んだ窓の近くには、瓶に入った色付きの液体が置かれて陽の光に透かされている。奥のショーケースには、同じような瓶が並んでいた。
 あれはなんだろう。当然の好奇心が少年を動かし、ゆっくりと店内へと入っていく。薄暗い店内はコンクリートで建てられているためか、酷く冷えていた。ショーケースの中には液体の入った瓶が並び、ライトアップされている。
 向こう側ではエンジ色のシャツに黒いベストを着用した、店主らしい若い男が静かに……退屈そうに座っていた。
「いらっしゃいませ」
 木製の椅子を鳴らして、店主が猫撫で声で少年を招き入れる。まるで害の無い声に安心のした少年はショーケースへと近付いて覗き込んだ。中には黄色から無色と、様々な液体が瓶に入って置かれていた。
「あの、あの。ここは……何屋さんですか」
 顔を上げて訪ねてきた少年に、店主はクスッと笑って答える。
「そうだね……じゃあ〈分泌屋〉とでも言っておこうか」
 聞きなれない言葉に少年が首を傾げる。
「えっと」
「んーなら、例えば」
 店主は近くにあった瓶を取り出して、ショーケースの上へ置いた。
 中には濁った水色の液体が溜まっている。
「これはね、とある少女が十代最後に流した〈涙〉を溜め込んだモノなんだ」
 店主の言っていることが理解出来ず、少年は間を空け、そして言葉を飲み込み、やっと店の異常性を知った。しかし、それでも逃げ出さないのは、目の前に置かれた瓶の不思議な魅力に取り込まれてしまったから。
 少年が見つめる涙の瓶の横に、店主が黒ずんだ紅い液体の瓶を置く。
「そしてこっちは、孤独死した美女の〈血〉」
 黒く、重く、それでいて紅の美しさを瓶の中に残している。少年は自身が説明することの出来ない美しさに、気を取られていた。
「どうかな、気に入ってくれた?」
 店主の男は少年を見て、不敵な笑みを漏らす。
 その夢中になって瓶を見つめる若い瞳に、自身と同じ性癖を感じ取って。


 夕暮れの帰り道。少年の腕の中には、水色の瓶が大切そうに抱え込まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

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〈 ショーケース 〉