kurayami.

暗黒という闇の淵から

灯台までの泳ぎ方

 人には大きく分けて、二種類の人間がいる。
 この大海原という人生を、上手く泳げる人間と〈泳げない人間〉だ。
 そして「人には大きく~」なんて上手く扱えないような例え方をする俺は、泳げない側の、人間だった。
 ガキの頃からそうだった。何をしても失敗という程ではない。むしろ環境には恵まれていた。親父とお袋は親の鏡のような人だったし、良き友人に囲まれて少年時代を過ごしてきた。自慢では無いが、絵に描いたような理想的な情景がそこにある。ああ、だからこそ、違和感があった。劣等感があった、奇妙な浮遊感があった、真意を受け取って貰えていないという嫌な自信があった。
 周りに比べ一際、失敗している、そう自覚していた。
 歳を重ねるに連れて、その自覚は浮き彫りになり、そして確信へと変わっていく。登り行く学年の階段の中で、俺は嫌な確信から、手の届く青春を手放し孤立していった。ああ、そんな選択をしてしまったのもまさに愚かで〈泳げない人間〉そのものだ。
 流れる時の中で、俺を守っていた十代の穏やかな流れは終わりを告げ、成人の激流が始まる。世間は俺が思っている以上に厳しかった。前に進もうとも、社会常識がなければ進めない。息をしようとしても、人を選び間違えば喉を塞がれしまう。ならせめて、浮かぼうと身体の力を抜いても、金という重みが俺を冷たい底へと沈めていく。
 ただただ、沈まないように必死だった。
 そんな激流の中だった。俺は進もうとした先で、明るい先人たちに紛れて、ネオンの中で一際眩い女性を見た。
 不思議な女性だった。この激流の中で、遊ぶように、時には自然に歩くように進んでいた。明るめの茶髪を揺らしながら、可憐に進むその姿に俺は惚れ、虜になっていた。
 その女性を目指してひたすら、がむしゃらに進んだ。浮く力が無ければ金を借りた。息をしたいなら人を選ばなかった、嫌な奴でも我慢した。前に進むために、社会の常識を壊して、馬鹿みたいに進んだ。
 女性は、俺にとっての灯台だった。
 そして失敗を重ね、消耗を繰り返し、俺はやっとの想いで女性に辿り着いた。対面したその一瞬だけ、俺は女性と対等で、足は地に着くように安定して、息は満足に出来た。
 それだけで満足のはずだった。満足だと、自身を洗脳するには、充分なはずだったんだ。
 なのに俺は欲に目が眩んで、女性を汚しちまった。
 一晩かけて、乱暴に。
 朝になってみれば、俺の横に小さく身体を丸め、眩さを失った女性がそこにいた。
 たった一晩。それだけで俺は、金槌で殴られたかのように、後ろ向きに沈んでいく。
 灯台を失い、借金に塗れた悪人たちがどよめく社会不適合者の闇の底へ。

 ああ、後悔しているのは、泳ぎ方の練習でもしておけば良かったな、と。そればかり。

 

 

 

 

 

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〈 かなづち 〉
〈 ひときわ 〉
〈 まばゆい 〉