kurayami.

暗黒という闇の淵から

三題噺

奈落のニルヴァーナ

広く静かな黒い水面に、主を無くした小さな船が漂っている。低い空には幾つもの世界が、継ぎ接ぎに写し出されていた。 ここは奈落。世界の舞台下。 第始界。そこは手紙世界の奈落。父を憎む物語。連続する不幸の中で異形と化し、海を彷徨う様が写し出されて…

甘党と化け物

由奈と出会ったのは、緑道を飾る、木の葉が落ち切った十二月のことだった。 バイト先だったカフェの、別店舗のヘルプに行ったときに知り合った。由奈はまだ入ったばかりで、忙しく教える人がいない中、別店舗の俺が仕事を教えていくうちに、仲良くなったんだ…

十二年前の罪

「もう、あれから十二年も、経つのね」「ん……そうだね。この日を忘れたことなんてなかったけど、そっか、もう十二年も経つんだ」 僕ら佐伯家は、元々六人家族だった。 陽気でいつも踊ってるような母さん。いつもへの字に口を曲げた父さん。その父さんの方の…

モノクロシティ

温度のない風が、私の黒い制服のスカートを揺らした。 色のない建物。モノクロの空、その空の淵に、冷めた一等星の星雲が囲んでいる。 三日月街。 この町に来たのは、私の意思じゃなかった。逃がされたのだ。どこかの、お人好しに。「このままだと殺されてし…

セピア色の街

空中浮遊するビル。セピア色の空。街の付け根に曼珠沙華。 少年の片手に、一匹の海水魚。 青見実奈が、高校帰りの放課後、喫茶店で優雅にソーダフロートの上のアイスを口に運んでいるときのことだった。少年が、ダツ目ダツ上科サンマ科の、秋刀魚の尾を片手…

街灯路

気がつけば、少女は闇夜の路上にいた。頭上には、街灯が闇に馴染むよう、橙色に灯されている。 少女はというと、セーラー服の上からエプロンを巻いて、片手におたまを持っている。自分が何者で、自分が何をしているのか、今日が何曜日で、あと何回学校に通え…

鶯菜の想像価値

「小松菜、たけのこにょっきっきしようぜ」 昼食と五限の間、余韻の時間。私はクラスの男子、小林に声をかけられた。「いやだよ……そんな人数集まってないじゃん」 小松菜というのは、私、小松菜奈のあだ名で、なぜか苗字より長い、そのあだ名がみんなに採用…

醜態へ

拝啓 おだやかな水流を手の甲に感じて、お父さんを想い、ペンを持ちました。 お元気ですか。私が家を出てもう七年が経ちましたね。女子中学生が大人になるような時なのですが、不思議と私は、そんなに長いとは思いませんでした。お母さんとは会っているので…

洗い落とす

アラームもかけず、本当に、なにもやることがない、休日のことだった。 俺は、午前中に目が覚めてしまったんだ。二度寝するのにも足りない眠気を引きずって、俺は布団を出た。曇った鏡に、浅く無精髭を生やした、俺が立っている。外は、ただただ眩しそうに、…

巫女の聖剣

私の気持ちは、水流のように、永遠に流れ続けているはずでした。 「ねえねえ」 神社の掃き掃除をしていたとき、彼は私の白い裾を引っ張った。「あら、どうしました?」「かみさまって、どこにいるの?」 純粋で無邪気な質問に、私はクスっと笑ってしまう。「…

隣の海は青い

僕は、いつでも、彼女の、有美の写真を納めてきた。 石畳の道の上で、恥ずかしそうに笑う写真。初めてのデートで浅草に行ったときのもの。 浴衣姿を着て、畳の上に疲れて座り込んでる写真。二人で仙台旅行に行ったときのもの。 僕の部屋を背景に、両手でピー…

仮面の街

その街……馬落市は山と山に囲まれ、ひっそりと、そこにあった。 私立サカス探偵事務所は、今日も依頼もなく、時間を潰している。「ちょっと志倉さん、今月入って八人目ですよ。放っておいていいんですか!」 特撮ヒーローのお面をつけた青年が、この事務所の…

無題の地下室

家に帰った男は、電気を付け、台所に入る。スーパーで買ってきたものを、テーブルに並べた。卵、玉ねぎ、牛ひき肉、パン粉。男は冷蔵庫を開け、ケチャップ、ウースターソース、牛乳の確認をする。今日の晩御飯は、ハンバーグだった。 必要なものが揃っている…

漂流する声

終末の静けさというのは、こういうことを言うのかもしれない。 早朝に目が覚めた私は、家の前にある海辺へと出かけた。朝の潮風がとても冷たい。季節で言えば夏のはずなのに、少し得だ。 いつもみたいに、海辺を、私が端から端だと思う場所を歩く。風や潮が…

反希望レシピ

有り触れた、陽射しの気持ち良い三月の昼間、この休日。 私はキッチンに立ち、フライパンに落とした砂糖を水に溶かして、焦がしている。甘い香りが、徐々に殺されていく匂いが、キッチンを包む。 殺しすぎないよう、時間と、火を調整をして、黒くしていく。 …

錆びついた手

東京のとある下町。曇天の影に覆われた午後。 古く、錆の目立つトタンで出来た工場が、密集し、そのほとんどが寝たように、機能をしていない。 その中の一つ、看板のない工場のシャッターが半分開いていた。中では、作業服を着た一人の男……肉月が、片付けを…

戯曲にもならない

なあ、そこのお前、ああ、そこのお前だ。悪いが聞いてくれないか。なに? 酔っ払いみたいだ? 死にしそうだ? いい、どうせ助からない。いいから聞けよ。 俺の、狂気の言葉を、悲劇を、復讐劇を。 この悲劇の卵は、朱雀先生が紅櫻先生を殺害したとこを、目撃…

特別な枯骸メモ

僕は何かと、身体にメモをする癖があった。 今日だって、いくつかのメモが残されている。 ・卵 ・期末テスト9から8 ・咲良に太宰 帰りに買う食材、期末テストの日付変更、そして彼女との約束ごと。急に太宰が読みたいから持ってこいだなんて言うのだ、なん…

床下のわたし

とろりと、それは黒髪の、宿主の手首から離れた。 「将来が見えない。どうしようもない」「時間がない、時間がない」「ああやだ、やだ、なにも考えたくないよ」 手首を伝って、それは、ここに落ちてくる。 「消えたい消えたい消えたい」「なんでかな、なんで…

そこに私がいなくても

「お仕事お疲れさん」 アシュラフがそう言って、自身のリストにチェックをつけ、タバコを一本取り出す。すかさず私が、火をつける。 床に転がったターゲットを見て、私の仕事はこれからと、ため息をついた。 アシュラフと私は、女性限定ターゲットの殺し屋だ…

恐怖演出家

日の明るさがまだ残る夕方、男が目覚めるのを、彼女はベランダから見ていた。「美優?」 男は暗闇に声をかけた。おそらく、自身が脱ぎ捨てた服を探しているのだろう。返事がなく、諦めた男はベッドから降りて、電気をつけようとスイッチを押す。男は二、三回…

喪服みたいな制服

制服が真っ黒で良かった、と思った。 でも、学校で会ってるみたいで現実味がないなあ、これ。 死んだ晴川は、友達だった。 晴川は、高校入ってからの付き合いだった。なんだか腑抜けていて、俺のちょっかいを、なんでも許すようなやつだ。それが、まさか高校…

望まれた溺死

荒野の中、土埃を立て、俺はバイクを走らせていた。風で俺の白衣がなびいて、汚れる。そんなことは、自由の疾走に比べたら軽いものだった。 後ろで、彼女が腰に回した手に力を込めた。深いローブで顔は見えない。俺は、片手で、その鱗に覆われた手を撫でた。…

望まれない溺死

倉崎香奈恵にとって、死にたがりの高山蝶乃は親友だ。 二人は小学校のときからの仲で、それは高校に入っても、三年生になっても変わらない。例え蝶乃が、演劇部に入っても。香奈恵はいつものように、自転車置き場で、蝶乃を待っていた。 夏の夕暮れの涼しさ…

許された恋

『……えーただいまお送りした曲はベートーヴェンさんで、ピアノソナタ、第十四番でした。ハイッ、FMスリーナイン、アンテメリーディエムボイスは、今夜も僕、DJ千代恋と!』『私、暗闇ちゃんでお送りしていくね』『あれっ、暗闇ちゃん髪切った?』『切っ…

生温い告白

僕が、高校生でいられる最後の、年の夏のこと。 毎年のように、僕は僕の住んでる街を出て、旅に出たんだ。ただその年は、一年生や二年生の時と違って、日程とか、ある程度どこに泊まるかというのは決めていたんだ。旅というよりは、旅行に近かった。たぶん、…

偏食の天井

夕飯を食べ終わった辺りから、私は少し、憂鬱になる。 秋刀魚の骨が乗ったお皿を片付けて、寝巻きを揃え、入浴の準備をする。さすがにお風呂に入っている間は、別のことを考えるけど、それでも私にとって夜は、 寝ることは、憂鬱なことだった。 私には、五つ…

ビー玉

午後四時過ぎのこと。 男……リュウガは、読み終えた本を、窓際に置いた。日中だというのにやることがないと、不満に思い、ため息をつく。 見た目の割に、重いコートを羽織り、長年お気に入りのラッキーストライクと、マッチをポケットに突っ込み、リュウガは…

灰者

神代幸と出会ったのは、高校を卒業してからだったと思う。 この高校を卒業をした前か後かという線は、俺の落ち度を知らないか知っているかという、重要な線で、神代は数少ない後者だった。 どうでもいい出会い方だったはずだ。同じアルバイト仲間の友達の、…

肉月

私があの子……香菜とケンカをしてから、半月が経った。 仕事終わり、いつものように、携帯の通知を見ても、あの子の名前はない。そう、甘えたのあの子から連絡するはずがないの、けど、私から連絡するわけにもいかない。 今回はいつもと、少し違う。ルールを…