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kurayami.

暗黒という闇の淵から

習作

菫色脳内

家から歩いて四十分のこの高校は、生徒が年々減っていた。 この田舎町の子の特性か、学校が悪いのか。先輩も、クラスメイトも徐々に辞めていく。 三十人いた僕の学年は、いつの間にか彼女と他、数人に減っていた。 彼女は、小学校の頃からの仲だった。異性と…

スプリング

杉林の中。真新しい雪の絨毯に、男の足が深く沈んだ。 硬く、踏むと厚い音が出るような雪だった。男は慎重に、杉に沿って歩く。 男が追っていたのは、二人分の足跡。足の大きさから、女の足跡だということが、男にはわかっていた。 男は警戒しながら進む。一…

虫食いフィルム

時を重ねるごとに、俺は劣化していった。 それはまるで使い古された映画フィルムのように、劣化していく。そのうち動きもしなくなるだろう。それを意味するのは終幕の〈死〉ではなく、ただ純粋な〈終焉〉だ。 フレームレートというのは、映像の中の一秒、そ…

夜間逃避行列車

揺れる車窓の外側、流れる暗闇に私は目を向けた。心許ない街頭が、田んぼの真ん中に立っているのが見えた。 私が乗ってるこの一両列車は、居た街と〈向こうの街〉を、山の隙間を三時間ほど走って繋ぐ。向こうに行く、孤独で唯一の、交通手段だ。道中幾つか駅…

クーヘンの死神

「お前さん、世間じゃ〈魔物〉だなんて呼ばれてるぞ」 陽当たりの良いテラス。そこに並んだ椅子に座った老人が、部屋の中にいる青年向かって呟いた。 「魔物? ああ、お爺さん。バウムクーヘンは好きですか」「貰う」 青年は片手のトレンチに人数分の紅茶と…

わがままの瘡蓋

土曜日、昼間。僕と彼女はベッドに腰をかけていた。 彼女の左腕に、ボールペンを真っ直ぐ立てて、線を描く。油性のボールペンだけど、それは薄い線となって、よれよれとなっている。まるで情けない。 彼女はというと、腕に落書きをする僕なんか見ずに、テレ…

トウキョーキスミー

見上げれば、暗緑色の天井。その奥、遥か彼方に、太陽の光が見えた。 この宿り木に覆われた樹海の中、どこを見ても木々が生い茂っている。よくよく見れば、懐かしい街並みが木々に覆われていた。 蔦の絡まった道路標識に〈一キロ 吉祥寺〉とだけ、書かれてい…

二人星

一等星のように、夜空の主役になるような女の子がいた。 可愛くて優しくて、話し上手の彼女は、輝いていて、学校の主役で、男の子からも、女の子からも好かれていた。もちろん、私も彼女のことは好きだ。 劣等星の私は、影ながら彼女を見ていた。どうしたら…

藤と松

「俺たちの永続性について話そう」 彼はそう言って、カーテンを閉めた。「永続性?」 もちろん私には、その言葉の意味はわかっていた。いたけど、わからないフリをする。あまり話したくない話題だった、わからないフリをすることで避けれると思った。「今の…

毎週火曜の影法師

僕の友達に、嬉しいことがあれば、咲いた花のように華やかに笑う女の子がいる。花とか、天使とか、柔らかくて光に満ちたような比喩が似合うのが、彼女だった。単純に容姿が綺麗だとか、そういうわけじゃなくて、ただただ純粋さが美しい。他のクラスメイトが…

ある入門者

大好きな彼との馴れ初めは、三月の末のことだった。 普通に恋愛を重ねて、普通に近づいて、ついにその恋は成就したの。八回目のデート、天気の良い木曜日、河川敷でのピクニック、レジャーシートの上で。私たちはいつの間にか恋人になっていて、それをその日…

発酵と腐敗

最初は、ええ、喜びました。彼が帰ってきたのですから。 彼が死んだ日を、幾つも越してきました。彼が死んだ雨季を、幾つも越してきました。 それだけ私は哀しんで、決して楽観することはありませんでした。彼のことを、私はずっとずっと愛しているからです…

クシラ

「ねえねえ、知ってる?」 子供たちは、噂話が好きだ。「午前四時に、片足立ちで台所の蛇口を三回捻ると、鯨が出てくるんだって……」 噂話というものは、子から子へ、ないしょ話として伝わっていく。「四時にね、台所の蛇口を三回捻ると、鯨が出るんだって」…

騎士の唄

「すとっく、すとっく、ないっ」 陽の出た日曜日。家の前で少女が歌を口遊み、犬の毛繕いをしている。「すとっく、すとっく……ねえ、マーマ、この歌ってどういういみー?」 少女が開いた玄関の奥に向かって、問いかける。「ねーえ。マーマ」「国のために、男…

蛆虫と背徳心

「やっぱり、駄目だよ。僕には……できない」 少年が、ナイフを片手に躊躇った。 廃工場のような、廃れた建物の中、深夜。細身の少年と、猫背の男、そして二人の前には虫の息となった少女が、横たわっていた。「おい。思い出せよ、こいつが今まで、お前にして…

嘘強がり

私は何度だって、ここに来る。 いつも通りの帰り道、いつも通りの中央線。いつも通りのこの時間。 全部がいつも通りの夕焼け空の下。私はふと思い立って、この駅で降りる。いつも降りる駅の二つ、三つ前。時間で言えば十五分前だ。 北口は下校途中の高校生と…

湯冷めした者より

休日、木曜日の午後。郵便受に、質素な封筒に包まれた手紙が入っていた。 送り主は、匿名だった。 封筒には、汚い筆跡で住所が書かれていた。漢字で蓋をするべきものが、蓋をされていない。平仮名の「い」と「り」の区別が怪しい。この筆跡を知っている。 部…

シブヤユウホ

雑多に人が流れる、改札を出た。見上げればもう、すっかり夜になっている、ああそうだ、いつもここに来る時は夜だった。 ひしめく人の声の隙間を通り、地下道への階段を迂回する。交差点の向こう側には大きなモニターがいくつか見えた、ビルに張り出された大…

ブルーリーブ

気付いたとき、私は起きていた。そういえば朝って、そういうもの。 眩くて優しい光、ちょうど良い布団の包容力と温もり、それと、少しだけ陽の匂い。ちょっとだけぼーっとして、意味もなく手を伸ばしてみて、光に濡れた自身の腕を見た。それは輝いていて、と…

鈍色火葬町

それはすぐに、夢を見ているとわかった。しかし夢ということだけあって、夢だということを、なかなか意識させてくれない。 真昼間の町。遠くでは踏切の音が響いて、それ以外に音は聞こえない。人の気配もない。青空は不気味なほどに青く、雲が一つもない。過…

愚者先輩

高校生たちの通学路の外れ、とある空き地。 そこにはまだ中学三年生になったばかりの少年少女二人と、一人分の死体が転がっていた。 その死体は男で、青年で、頭から血を流し、不自然に身体をくの字に折って倒れている。 すぐ側には、血が着いたレンガと、タ…

三年間の充電

とある定時制高校。その中で救済劇と悲劇を繰り返し、少女は学生たちに影響を与えてきた。 聞き入ることで変わってしまう、そんな少女を学生たちは皮肉と愛情を込めて、こう呼んだ。 革命家と。 中学校を卒業した少女は新たな時間と刺激を求め、定時制の夜間…

回転木馬に見せられて

オルゴールに似たような、心地よの良いゆったりとしたメロディーが流れている。鉄棒に腹を突き刺された馬が円を描いて並んで、メロディーに合わせてゆったりと、回っている。それは大きな遊園機械。 私は、そのうちのメッキの剥がれたブラウンと灰色の鬣を持…

アナザーアウラ

このカフェに来たのは、いつぶりだろう。深く沈むソファが並んで、懐かしいクラシックが流れている、変わらないな。 当たり前のように、カフェの中には僕らしかいなかった。「念願の想いが叶ったって顔だね? 初めましてか、久しぶりか」 向かいのソファに浅…

砂糖をまぶした桜の部屋

復讐に動いた麻衣は、何も知らない。 狂っている、それはあの頃も、今もわかっていて、でも確実な手段が私を変えていく。 大好きな大好きな麻衣に見てもらうきっかけと、近づいてもらう理由。それらを得るために、私は麻衣の男に近づいた。 私は運良く、男の…

紅い華の岸

波打つ、暗闇。揺れる、虚無。 黒に灯る、点々とした光は、星々。 その海は、星空だった。 僕がこの岸に辿り着いて、まだ三ヶ月しか経っていなかった。 ここにあるのは、僕だけが住む二階建てのアパート。理想の真っ白な部屋に、ソファと勉強机。ここが田園…

カラマワリ

私の番号は、207番。 窓はあるけど、開かない。お手洗いはあるけど、仕切りがない。そんな生活を強いられて、もう幾つの夜を越えたんだろう。「一万と二百番さん、おいで」 お姉さんに番号を呼ばれた子が、顔をあげた。あの子は入って以来、まともに顔を…

ロード

遠く、遠く。 男は煙草とライター、携帯と財布を持ち玄関を出た。それは、真冬の星空が澄み渡る深夜のこと。男がその満天に気づくのは、家を出て随分と経ってからだった。行く宛のない男は、街を横切る甲州街道を目指す。 深夜テレビを付けて、煙草を吹かし…

玉響な少女

今でも思い出すわ。あのいたいけだった頃のこと。 いたいけを奪われた、ときのことを。 あれはね、森の胡蝶蘭が開花する前のことだった。高等学校に入学した私は、すぐに、その男を知ったの。一つ上の学年、背が高くて、生徒会役員の書記をしていたかしら、…

イートユー

廃ビルの中。私は綺麗なミント色のガムを、口の中に入れた。それが始まりの合図。 ターゲットの男は、私の姿を見て一目散に逃げ出していた。それが常人の反応なんだろうけど、少しだけ傷つく。 くちゃくちゃと、音を立てて静かに歩く。ターゲットは遠くに逃…

後見役人魚の行く先

彼女は、どこにでも、どこへでも泳いでいくことができます。 その姿は淡い白色のショートボブの髪に、血色の良い肌、そしてその下半身は魚の尾で、まるでお伽話の人魚姫のよう。 どこにでも、泳いでいける彼女にとって、空は海のようでした。 でも、彼女は一…

男子高校生二人

放課後、俺と永友は、川沿いに座って並んでいた。 丁度良い高校の帰り道の途中。誰も来ない茂みの奥。見ていて飽きない、永遠に動き続ける川の流れ。それらの条件は長話をするのに都合が良くて、俺らは放課後、ここによく集まっていた。 ただ、今日は長話を…

低温の眼差し

その黒髪の中の、冷ややかな目が、好きなんだ。 ある冬の晩、彼女の鈴世と喧嘩をした。些細な喧嘩だった。鈴世は、俺の目さえ、見てくれなかった。 その時期、喧嘩は頻繁にあったんだ。些細な喧嘩は重ね重ね、時間の解決に頼っていた。だから、お互いがお互…

恋茄子事件

「ナスカさんがカストルに来て、先月で一年ですよ」「んん、それは微妙な記念だねロング君。口に出す必要もなさそうな記念じゃないか」 部屋の中、暖炉に揺られて二人の男の影が踊っている。 ここは暗黒街カストル、寿命在る街。 ナスカ・ウィンドウが自身の…

治験被害者

その日の夕方。高梨修司は、大学の掲示板を見て、渡邊美沙教授の研究室を訪ねていた。「失礼します。三年の高梨修司って言います」 渡邊は奥の席に座り、パソコンを睨んでいる。その容姿は、教授というには若く、しかし大人の女性の在り方として決定的に何か…

プラティヴィーナス

高校の授業から解放されて、放課後。私は職員室にいる先生に課題を提出と、少しの立ち話を済ませて、徒歩五分の最寄り駅まで歩く。昼間に比べてとても寒くなった。私は、カバンから取り出したクリーム色のマフラーを丁寧に首に巻いた。 空にはもう冬の青の面…

疑問というドアノブ

ドアノブと鍵の共通点として、ドアを開けるのに必要なもの、という点がある。 ならドアノブと鍵の違いはなにか、備え付けかどうかという点もあるけど、僕が思うのは使う順番だ。 ドアを開くには、鍵を入れ、最後にはそのドアノブを回す必要がある。 ドアノブ…

暖かさにサヨナラ

あれは、悲惨な事件でした。 その年の冬。一番の寒さを超えた日のこと。 公園でのデートの途中、恋人の沙織の「喉が乾いたなあ」という一言を聞いた私が、自動販売機を探しに出た時のことです。 公園の裏にあった、ビル隙間に存在していた裏路地に、私は吸い…

月の作り方

巨大な、肉塊があった。 それは正六面体の肉塊。喉を鳴らし、脈を打ち、その意思は疎らでまるで、宇宙のようにバラバラにまとめられいた。 それを見た世界が、斜めに切断し、二つの三角柱の肉塊に切り分けた。 三角柱の中身は、姿を変え、骨となり、頑丈さを…

ツイソウ

大雨の中の、新宿歌舞伎町。夜の水商売の待合室で、一つの悲鳴。 一人の青年が、大柄な男の背中にナイフを突き刺していた。「ア、 アアッて……めえ」 男が言い切る前に、青年は刃物を何度も突き刺し、その度に飛び散った血が待合室と、青年にかかる。 大柄な…

夜の海

二月の役目を終えた月末、三月を迎えた深夜。 私は何かから逃げるように、早足に家を出た。 春が近いと油断をして手に取った薄手のコートは、まだ残る冬の気配に適応できそうにはなかった。 いや、思えばいつだって、この街は冷たい。 底冷えとした、この街…

狐の婿入り

薄暗い店内で、僕は目を覚ました。携帯の時間を見ると昼の午前十時。店内は窓がないせいで、時間感覚が狂う。時間の情報がなければ夜だって疑わないと思う。 隣を見れば、先輩の美夏さんが寝息を立てていた。一瞬疑問に思い、すぐに思い出す。添い寝してくれ…

ラブサイド、グリードサイド

私の前髪は、左から右にかけて長い。左目は眉毛が出るぐらい。右目は前髪で隠れるようになっている。 前髪をまっすぐ斜めに、切り揃えている。個性的だってよく言われるけど、この前髪には理由がある。 私の右目が隠れるように長いのは、右側に立ちたがる君…

半身の餓鬼

脳は、右と左で役割が違うらしい。 左脳は言葉を理解と思考の役割を持ち、右脳は、五感の役割を持つという。 「あれ、和春くん……右目の方が少し大きい?」 俺の顔を覗き込んで、弘子がそう言った。「ああ、そうなんだよね。気づく人少ないのに、よく気づいた…

ロスト

頭が壊れるような爆発音と、眩い閃光。 大地が回転するような衝動と、喜怒哀楽の人の声。 停電のように、全てが突然止まり、音のない世界となる。 強引な静寂と、逃げるような眠気と、 全てを掘り起こす、高熱。 目を覚ますと、冬の高い、灰色の空が、私の瞳…

叶えた先は

薄汚れた奴隷市場の中「世界で一番私は不幸なんだ」とでも言いたげな顔をした、その女を見たとき、商人の男は恋をした。 その黒く淀んだ瞳、悲哀に満ちた表情は、なんて、美しいんだろう。絶対に誰にも渡してはいけない、商人はそう心に誓い、その奴隷の女に…

黄昏の語り手

僕が子供のときの話だ。 僕らは公園で遊ぶのが日課だった。特にジャングルジムで遊ぶのが好きで、よく高鬼をして遊んでいた記憶がある。 夕暮れ時になると、解散と迎えの空気に包まれ、カラスが鳴き、どこか哀愁が漂う中。その人はいつの間にか、公園の隅に…

解けたミルキーウェイ

「なに頼むの?」 男の子と女の子が、カフェのカウンターで可愛らしくメニューを見ている。「私、私はねえ……ホットチョコレートもいいな。けど、ホットミルクにする」「ええ、せっかくカフェきたのに? コーヒーとかにしないの?」「だって、今日はそういう…

夢のような現実、虚言

何回めかのアラームを、怠惰な空間から手を伸ばして止めた。二月も終盤に掛かったというのに、冬の寒さが未だに、僕らに抵抗し、効果を見せていた。 寒さと布団の拘束から逃れ、階下のリビングに降りると、母が僕にお弁当を作り、父が煙草を吸いながら新聞を…

偽りの中の真

目を覚ませば、私の部屋は逆さまだった。天井からぶら下がっていた電球が力なく、元々天井だった床に横たわっている。敷き布団の隙間から抜け出し、本棚を見れば、タイトルが逆さまになって、読めそうになかった。ううん、元々、本のタイトルの真意なんて、…