kurayami.

暗黒という闇の淵から

習作

息する森を歩き行く

夜の森からは、ざわめく木々の声、虫の音、動物の歩みだけが聞こえていた。 でも、きっと、今の私からは何も聞こえない。足音も、吐息も、心拍音も。 私から漂うのは、右手から放たれる火薬の匂いだけ。 月も見えない曇り空の下。広がる森の中を、柔らかい土…

フアン

男が降りる駅を電車がアナウンスした。 いつも通り、着くまでに少し早いアナウンス、それを聞いた男がすぐに立ち上がり、扉の前へと移動する。 車窓の向こう側の景色がホームに入っていき、男は手提げ袋を右手から左手に持ち替えた。 改札まで走って五分。そ…

自覚症状

私は、いつものように玄関を開けただけ。なのに、どこか、違う家に帰ったような気分になった。 気にならない程度の違和感、どこか不気味になる不安。それらを拭ったのは、サークルの飲み会で無理に蓄積された、疲労。くたくたになった身体は、自然とベッドへ…

ワールド・シニカルフレンド

都内の中央線と京王線の果て。山に囲まれたのどかな街に、友人の君はいる。 家を出る前に見たニュースで“秋のような涼しさ”と言っていた気がするけど、そんなことを忘れてしまっていたぐらい、今日は暑い。髪の中に篭った熱が汗となって、俺の頬を通って落ち…

ミラーミラーキラー

そこは見慣れた僕の、本棚が失われた深夜の自室だった。 使い古された教科書は鞄の中に入ってるし、アルミのペン立てにはカッターが入っていない。 唯一、熱を持った机の上の小さな照明が、埃の無い部屋の隅をぼんやりと照らしていた。 僕と対峙する、もう一…

飢えた蛇たち

貧しいから、食べるものが無くなったから、お父さんがパチンコでお金を使ってきたから。そんな理由はあるようでなくて、顔を赤くしたお父さんが「お前が生きてるだけで俺は死んでしまう」って言ってしまえば、それが全部。 食卓に夕飯が並ぶ頃の時間。私はこ…

西追い街

「この街に来て、どれくらいになる?」 赤と黒が混ざる、空一面が臙脂色の街角で、少年は成人してるであろう男に話し掛けられた。 一定の方向にだけ吹く風が、低い音を響かせている。「……たぶん、つい先ほど、です。貴方は?」「ようこそ。さて俺はどうだっ…

味気ない取り調べとクラスメイト

「こちらへどうぞ。五分程度で終わるものだと思います。ええ、これを見て、白木君、改めてお答えください」 笑顔を一切見せない刑事が僕たちを通したのは、黒いブラウン管のテレビが置かれたコンクリートの部屋。 僕と母親と、並べられた二人分の冷たいパイ…

異常性

ねえ、君は私のことが好きでしょう? あらあら、隠さなくて良いのよ。私が近所に引っ越して四年、君が恋心に自覚して二年……ってとこかしら。ふふ、大人だから、わかるのよ。でも、なんでわかると思う? ……そういうところよ、君は無意識のうちに、私に尻尾を…

ネクストゲームヒーロー

やあ、君はこの世界が好きかい? 昼と夜が好きかな。家族は、友人は、好きな子は? なに、照れなくて良い。教えてくれ、君は明日が楽しみだろうか。寝れば明日が来ると、喜んで布団に入れるだろうか。 ……そうか、そうか。良かった、安心したよ。君なら、これ…

鏡界線

その日数本の一両電車を降りて、林道を歩いて一時間。 少女の“私”が住む田舎街は、三つの大きな山に挟まれた麓にありました。 昼間は、狸も狐も暮らす山や、魚の群れが泳ぐ川と遊ぶ場所には困りません。ですが、日暮れに夕闇から逃げ遅れてしまえば二度と帰…

終世記

突如目の前に現れた東京には、一切の緑が無かった。 ついでに、俯いて歩いていた人々も、私の過去の記憶も。 そこに在るのは、吹き荒れる砂埃の黄色と、コンクリートの灰色と、私の黒いセーラー服だけだ。 不可解な現象に困ったという感情は、何故か無い。私…

射抜いたナイフ

その人体研究への熱意を、研究員の健康にも向けてくれと僕は溜息が出る。 何故なら、出来立ての研究所は冷房管理が整ってもいなく、新品の厚手の白衣が僕を蒸していたからだ。 一ヶ月前に戦争が始まってすぐに、アジア政府は現医者のアヤツジ博士を筆頭に博…

グランジという名の男

煙草の灰と薬物のパッケージに塗れた街に、今日も朝陽が登り売人とホームレスたちの路地裏に影を落とす。 薄汚い街は一つの〈つまらない最高な話題〉で持ちきりだった。「おい、聞いたか。あのグランジが死んだらしいぞ」 “グランジ”。その一人きりの男の名…

夜の王

この夜の暗闇が濃くなるほど、僕は追い詰められる。 二十三時を過ぎると眠りに就く家族。零時を過ぎる頃には、ソーシャルネットワークの愛しい住人たちが徐々に姿を消していく。 深夜。このだだっ広い世界、人が消えた街、狭い明りの中で、僕ら夜行性生物は…

犯人にとっての聖書

ええ、ええ。反省ですか。反省なんてしてません、しませんよ。 私は〈教え〉に従ったまで、ですから。 一人目は父の友人だった男です。ええ、母と父が死んでからというもの、妹と二人きりになってしまった私に親切にしてくれていました。もちろん、下心有り…

誤用歩行

深く濃い藍色の天井に、水色と白の絨毯。肌寒い空調は僕の肌を若干凍らせて、漏れる息は冬のように具現化する。 ここは上空、一万メートル。 あと少し、もう少しで、最後のお呪いが消えてしまう。 だから、僕は歩くことを目的に、この大好きな空の上を何処ま…

霞んだ視界世界

彼の家に帰るとき、わざと音を立てず、ただいまを言わずに帰る時がある。 意地悪なんかじゃない。私がいないときの彼の姿が見てみたくて、仕方が無く音を消してみてるだけ。 玄関の戸を静かにゆっくりと閉めて、忍び足で廊下を進み、彼がいるであろう寝室を…

数億年の街から消える恋

「ねえ、この時間だった気がするの」 夕暮れが終わろうとする夜の間際。街を分ける河川の橋の上。 女が橋の柵に寄りかかって、手を繋いだ先の男にそう言った。「この時間?」「私が、貴方の側に居れることを許された時。今みたいな夜の入り口」 遠い……三年も…

殺人鬼役

モノトーンでまとめられたシンプルな部屋に、赤の差し色が入る。 気付けば頭が割れた女は、壊れたロボットのようにふらふらと歩いて、壁に激突してから力尽きて倒れた。 僕の拳銃は片手の中で小さな煙を吐き出している。女の遺体なんかよりも、煙の方が「撃…

夏休み明けに生まれ変わる

蒸した体育館の終業式の中で、私は冷たい眼差しを全体で感じ取った。髪の隙間から視線の元を辿ると、隣のクラスの佐久間美波の姿が目に入る。 普段は大きくてくりくりしている目が、糸のように細くなって、音も無く私に眼差しを向けている。 その眼差しに私…

無き神と雨の内側

あの降り止まない〈悪夢の雨の厄災〉の日以来、僕はずっと長靴を履いている。 陽の温度や眩しさなんて忘れた頃に、もう飢えて死ぬだろうという頃になって、雨は止んだ。 降り始めてから、約一年後のこと。それが、一週間前のことだ。 傾いた団地の棟の最上階…

緑の温度

変化する温度があるからこそ一年も、恋も、夏も楽しい。 私は夏が好き。汗を流して登りきった坂で、偶然涼しい風が吹いて入道雲を見上げること。贅沢にデパートのクーラーで冷えた身体を、外の熱気を頼りに暖まってまだ汗を流すことも。 でも何より、木曜日…

ダンスフロア

今更過ぎる後悔に、日々思い返しては癖になってしまう。 人生で初めて行ったクラブで知り合った、歳上の女。気に入られ、朝まで踊り明かし、次の日の夕方過ぎまでホテルで過ごしたその日に、付き合い始めた。 その女は俺の初々しさを気に入ったと言うが、今…

小説は事実

大学の受験に落ちてしまった。一週間前のこと。 勉強は、人並みには頑張ったつもりだった。だから今回の結果の原因は運が悪かっただけだと思うし、とても悔しい思いをしている。 だからこそ、僕は恥ずかしげもなく入学の裏技を探していた。 しかし、出てくる…

大衆の興味と罰

「ご協力お願いしまーす」 渋谷駅ハチ公前に若い女性の声。通行人の大半が横目に通り過ぎていく中で、少人数が足を止めて小さな野次馬の群を作っている。「えーただいまですね、タバコのポイ捨て撲滅キャンペーンをしていまして、どうかポイ捨てに対する罪意…

ティアレイン

午後昼過ぎの暗雲の下で、私の小刻みな足音が小さくタンタンと、響いている。 何処に向かってるかなんて目標はない。だけど、いつまでも走れる気がした。この町に嫌われている長い坂だって、このままずっと登れる。 例え、デートのために整えた髪が乱れても…

駄目人間

終電過ぎの駅には、くたびれた人間しか存在しない。 それは駅前に設置された、小汚い喫煙所にも。取り残された奴、残ることを選んだ奴、これから家に帰る奴。疎らにしか立っていないこの喫煙所の人間は皆、平日の一日に殺されかけている。 例外なく、残業上…

泉の底

夜の曇り空に赤い光が反射して、夏の祭囃子が町に響いている。 そんな夏祭りから逃げるように、二人の少女が町の外れにある神社へと訪れた。 神社は、まるで賑やかな町から切り取られたかのように、冷たく静かな空間を保っている。「思ったより、人いないね…

雛鳥の初恋と終わりの後押し

私が可愛く鳴けば、仕方がないと言わんばかりの顔をして餌をくれる、甘い甘い貴方のことがとても、好きでした。 私が〈育て屋〉に預けられたのがもう、七年前のことになるのね。 窮屈で、とても女臭くて辛気臭い場所だったわ。過半数の女の子たちが〈女〉と…