kurayami.

暗黒という闇の淵から

ヒイロ

 きっと翌日には起きるつもりだったのかもしれない。
 長く続いた救済と戦いの日々に、一瞬だけ、理由が無くなった日。くたくたに疲れてしまったヒーローは、干されたてのベッドに入り込んだ。太陽に焼かれた柔らかい匂いに包まれ、眠りに就くのが一瞬になってしまうほどの疲労と安心によって、夢の底へと落ちていく。全身の緊張は溶けて水になってしまうように。
 誰にも邪魔されない。秘密のアジトの中で、安からな眠り。
 誰も彼の寝息に文句を言うことなんて出来ない。
 しかしヒーローはそれから、目覚めることも、死ぬこともなかった。
 翌日、三日、一週間経っても現れることはない。もちろん、その時代に生きる人々はヒーローがただ眠っている、今は休んでいるだけだということは知っていた。それでも救済は望まれる。戦いは必要とされ続けた。悪と呼ばれている存在は命を奪い、理不尽な哀しみを生み続ける。この世界唯一の光、秩序と抑止力の存在であったヒーローの眠りによって、人々の理想とも言える現実は崩れていく。
 ただ一人の目覚めを誰もが信じて待ち続けた。恨むこともなく、咎めることもなく。一人の目覚めに全ての救いの責任を無自覚に押し付けていた。狂気な暴力はヒーローにしか救えないと、悪ですらそれを信じて誰もが疑わなかった。
 子供から親が奪われるだなんてことはなかった。
 少女が売春でしか生きれないだなんてことはなかった。
 少年が銃を学び手に持つ必要だなんて今までなかった。
 奪い奪われることなんか、今までは当たり前ではなかった。
 始まり出した哀しみの連鎖に慣れず絶望だと嘆く人々は、これが全ての救いを一人に押し付けていた世界への罰だということに気付かない。気付けるはずがない。秩序だけが当たり前だったのだから。困っていれば助けに来る人がいたのが、当たり前だったのだから。自身を救う術を知らないことは罪となってしまっていた。
 ヒーローの眠りは夢を見ることもなく続いて、意識は深く落ち続けている。
 数世紀。寝息をたて始めてから長い年月が経ち、命ある秩序の存在を知る者はこの世に誰一人としていない。世界絶対救済の力を持つヒーローが今もなお、眠っていることを誰一人として知らなかった。
 対峙していた悪は〈世界の仕方がない事情〉として定着している。
 人々は救う術を扱い始めたが、誰しもが下手くそなままだ。
 しかし、存在は忘れられても、言葉だけが残っている。
 口に出せば、いつか救いに来てくれる気がすると、呪文のように。
 無責任に信じる存在として〈ヒイロ〉と。

 

 

 

 

 

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〈 寝穢い 〉