kurayami.

暗黒という闇の淵から

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スバル神話

「今日の空はなんだか、明るいね」 薄暗い夜空の下。バチバチと音をたてる焚火を前にして、少年が森の隙間の向こうを見て、呟いた。 少年の言葉に、目の前にいた年配の男が低い声で答える。「西の大都市で“フェス”があると聞いたから、それだろう」「夜に? …

当たり前の日常

ぐるりと辺りを見渡せば、クラスメイトたちが授業を受けている。 あれ、ずっとそこにいたっけ……なんて疑問を不思議に思って、きょろきょろしていたら、先生に集中しなさいって注意された。でも、どうしてだろう。僕を含め、クラスメイトも、先生も、そこに存…

白い防音と社会の歯車

俺がそのビルの最上階に足を向けた理由は、近くを通った。そう、それだけのことだ。 オーナー不明状態のビルのエレベーターは、だいぶ前に壊れてそのままらしい。そういえばあの頃から、不備がどうのってよく壊れていたな。三階にあった大型チェーン店の居酒…

カラメルハート

その日は具合が悪くて、いつもより世界が憎らしく思える日だった。 朝のホームルームのときの、冷たい机も。私の具合を知らず話しかけてくる、無邪気な友達も。少しだけ憎らしいと思って、だけどいつものように下手な笑顔で返して、日常に溶けてしまって。 …

黒山羊の街

多くの人が、新しく生まれる街を、その日を祝福していました。 朝陽の暖かいグラデーションが、0歳と0日の街を包み込んでいきます。住人たちはまだぐっすりと眠っていて、起きているのはお爺ちゃんお婆ちゃんと、お大忙しと走り回る街の役人たちぐらいなも…

ハンザキ

服が、下着が、一枚一枚と落ちていく。 家のものとは違う大きな鏡。手のついていないアメニティ。「シャワー、先に浴びて来なよ」 そう言った貴方はこの場にいない。鏡の中に裸の私が一人いるだけ。見て欲しかった下着も、見られないまま。 どちらかが誘った…

眠るキャロルの森

その日の夜は、春以来じゃないかって思うぐらいとっても涼しくて、素足に擦れた毛布が冷たくて気持ち良かったの。 だから、寝るのにも、そんな時間はかからなかったと思う。 ただ、いつもと違って、近付く冬を……クリスマスを楽しみに想って、眠りについた。…

ビリビリにして枕の下へ

息を止めれば、死んでしまう。 誰かが、みんなが、言っている。息をしろ生きろって。僕の死んでしまいたい気持ちを殺害してまで、優しい声で脅迫する。だから僕は生きている。そのために嫌いな朝だって何度だって迎えてみせるし、心をズタボロに刺されても歩…

ラストデイ

真夏を忘れてしまったような外の肌寒さに惹かれ、私は玄関から足を踏み出していた。重たいグレーカラーの空を見て傘が必要か思案したが、余計な荷物が増えるぐらいなら、濡れても構わないという結論に落ち着く。 ちょうど、家での仕事に一区切りがついたとき…

ファイナルサマーバケーション

高等学校に通う青年には、夕色の想い人がいた。 青年から見て二つ下の後輩。まだ新しさが残るブレザーの制服。細い髪を後ろでくくった、うなじが覗くポニーテール。成長途中の身長と胸囲。白くて柔らかそうな二の腕と太もも。 まだ残る幼さに、半透明に女の…

夏休み最終日と世界過度期

「発射されたって、ミサイル」 夏休みの暮れ。明日から始まる学校という現実から逃げるように、俺は友人の峰哉の家に遊びに来ていた。 それこそ夏休み最終日らしく、やることもなくて漫画を捲っていたときのこと。 突然の峰哉の言葉に、俺は聞き直した。「ミ…

エフダブリューエンドレスメール

science-earth_512catAcmail.oom宛先 rainrain1207A...... 他23件件名 緊急自体9201年3月9日 2:12 私はエリアアンダーの、サイエンスアース実験所総合管理所属の者だ。このメールを見たのであれば、返事はいらない。早急に内容を頭に入れて、君が知ってる…

この手を離さない

彼女の手を引いて、見慣れた街の路地裏を走っていく。建物と建物の間を見たこともない飛行機が飛んでいくのが見えて、数秒後には肌が震えるような爆発音がした。「近いね」 分かりきった事を言う彼女に、僕は「うん」とだけ返す。本当は彼女の言葉を、いつも…

息する森を歩き行く

夜の森からは、ざわめく木々の声、虫の音、動物の歩みだけが聞こえていた。 でも、きっと、今の私からは何も聞こえない。足音も、吐息も、心拍音も。 私から漂うのは、右手から放たれる火薬の匂いだけ。 月も見えない曇り空の下。広がる森の中を、柔らかい土…

フアン

男が降りる駅を電車がアナウンスした。 いつも通り、着くまでに少し早いアナウンス、それを聞いた男がすぐに立ち上がり、扉の前へと移動する。 車窓の向こう側の景色がホームに入っていき、男は手提げ袋を右手から左手に持ち替えた。 改札まで走って五分。そ…

自覚症状

私は、いつものように玄関を開けただけ。なのに、どこか、違う家に帰ったような気分になった。 気にならない程度の違和感、どこか不気味になる不安。それらを拭ったのは、サークルの飲み会で無理に蓄積された、疲労。くたくたになった身体は、自然とベッドへ…

ワールド・シニカルフレンド

都内の中央線と京王線の果て。山に囲まれたのどかな街に、友人の君はいる。 家を出る前に見たニュースで“秋のような涼しさ”と言っていた気がするけど、そんなことを忘れてしまっていたぐらい、今日は暑い。髪の中に篭った熱が汗となって、俺の頬を通って落ち…

ミラーミラーキラー

そこは見慣れた僕の、本棚が失われた深夜の自室だった。 使い古された教科書は鞄の中に入ってるし、アルミのペン立てにはカッターが入っていない。 唯一、熱を持った机の上の小さな照明が、埃の無い部屋の隅をぼんやりと照らしていた。 僕と対峙する、もう一…

飢えた蛇たち

貧しいから、食べるものが無くなったから、お父さんがパチンコでお金を使ってきたから。そんな理由はあるようでなくて、顔を赤くしたお父さんが「お前が生きてるだけで俺は死んでしまう」って言ってしまえば、それが全部。 食卓に夕飯が並ぶ頃の時間。私はこ…

西追い街

「この街に来て、どれくらいになる?」 赤と黒が混ざる、空一面が臙脂色の街角で、少年は成人してるであろう男に話し掛けられた。 一定の方向にだけ吹く風が、低い音を響かせている。「……たぶん、つい先ほど、です。貴方は?」「ようこそ。さて俺はどうだっ…

味気ない取り調べとクラスメイト

「こちらへどうぞ。五分程度で終わるものだと思います。ええ、これを見て、白木君、改めてお答えください」 笑顔を一切見せない刑事が僕たちを通したのは、黒いブラウン管のテレビが置かれたコンクリートの部屋。 僕と母親と、並べられた二人分の冷たいパイ…

異常性

ねえ、君は私のことが好きでしょう? あらあら、隠さなくて良いのよ。私が近所に引っ越して四年、君が恋心に自覚して二年……ってとこかしら。ふふ、大人だから、わかるのよ。でも、なんでわかると思う? ……そういうところよ、君は無意識のうちに、私に尻尾を…

ネクストゲームヒーロー

やあ、君はこの世界が好きかい? 昼と夜が好きかな。家族は、友人は、好きな子は? なに、照れなくて良い。教えてくれ、君は明日が楽しみだろうか。寝れば明日が来ると、喜んで布団に入れるだろうか。 ……そうか、そうか。良かった、安心したよ。君なら、これ…

鏡界線

その日数本の一両電車を降りて、林道を歩いて一時間。 少女の“私”が住む田舎街は、三つの大きな山に挟まれた麓にありました。 昼間は、狸も狐も暮らす山や、魚の群れが泳ぐ川と遊ぶ場所には困りません。ですが、日暮れに夕闇から逃げ遅れてしまえば二度と帰…

終世記

突如目の前に現れた東京には、一切の緑が無かった。 ついでに、俯いて歩いていた人々も、私の過去の記憶も。 そこに在るのは、吹き荒れる砂埃の黄色と、コンクリートの灰色と、私の黒いセーラー服だけだ。 不可解な現象に困ったという感情は、何故か無い。私…

射抜いたナイフ

その人体研究への熱意を、研究員の健康にも向けてくれと僕は溜息が出る。 何故なら、出来立ての研究所は冷房管理が整ってもいなく、新品の厚手の白衣が僕を蒸していたからだ。 一ヶ月前に戦争が始まってすぐに、アジア政府は現医者のアヤツジ博士を筆頭に博…

グランジという名の男

煙草の灰と薬物のパッケージに塗れた街に、今日も朝陽が登り売人とホームレスたちの路地裏に影を落とす。 薄汚い街は一つの〈つまらない最高な話題〉で持ちきりだった。「おい、聞いたか。あのグランジが死んだらしいぞ」 “グランジ”。その一人きりの男の名…

夜の王

この夜の暗闇が濃くなるほど、僕は追い詰められる。 二十三時を過ぎると眠りに就く家族。零時を過ぎる頃には、ソーシャルネットワークの愛しい住人たちが徐々に姿を消していく。 深夜。このだだっ広い世界、人が消えた街、狭い明りの中で、僕ら夜行性生物は…

犯人にとっての聖書

ええ、ええ。反省ですか。反省なんてしてません、しませんよ。 私は〈教え〉に従ったまで、ですから。 一人目は父の友人だった男です。ええ、母と父が死んでからというもの、妹と二人きりになってしまった私に親切にしてくれていました。もちろん、下心有り…

誤用歩行

深く濃い藍色の天井に、水色と白の絨毯。肌寒い空調は僕の肌を若干凍らせて、漏れる息は冬のように具現化する。 ここは上空、一万メートル。 あと少し、もう少しで、最後のお呪いが消えてしまう。 だから、僕は歩くことを目的に、この大好きな空の上を何処ま…